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ラストメモリー  作者: 黄昏アオ
流離う心たち
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秘められし心

 彼は眠っていた。

 シーツをぎゅっと握り締めて。

 そうすれば、自分の手から滑り落ちてゆく大切なものをつなぎとめておけるとでも思っているかのように。

 眠っていても苦しんでいるのね。

 永遠は彼の皺の寄った眉間をそっと撫でた。

 せめて夢の中では彼の痛みを癒してあげたい。彼は私の痛みや苦しみを受け入れようと言ってくれた。ならば私も彼の痛みや苦しみを共に受け入れ半分にしてあげたい。

 だけど私は、彼をさらに苦しませる存在なのよ。

 血で汚れたナイトガウンをなびかせベッドを出た。

 服を着替え、館を出る。

 どこからともなくブリスが現れ、共に足音だけを会話させ森の湖に向かう。もう日課となった二人だけの朝の散歩。

 ブリスが先にお気に入りの場所に寝そべる。

 永遠は湖のそば、ブリスの温かいわき腹にもたれかかり空を見上げた。今日は珍しく青い空に白い雲が遊んでいる。

 スコットランドにも秋晴れってあるのかしら。あたりはもう秋だった。木々は色を変え、その(からだ)から葉を落としていく。あたりはそのかけらが散らばり、地面も秋に染まっていた。

 ブリスの尾が腹に乗せられた。

 そっと撫でてやると気持ちよさそうな声を漏らす。

 クリスチャン以外のものは皆姿を変える。この森も、あの館も、そしてブリスや私も。いずれは皆朽ちていく。そしてそれらは大地に返り、そこから新たな生命が芽吹く。

 だが彼は死ぬこともなく生まれることもない。

 白い雲はゆったりと流れ、やがては視界から消えていく。そしてこの青い空からもいずれは無くなってしまうことを私は知っている。

 彼と共に過ごしたいと思うのは自分勝手なことなのだろうか。ほんの二週間前、彼はどんな気持ちで私の取引をのんだのだろう。彼にとって何の利点もない取引だと今ならわかる。それどころか、更なる苦しみを背負い込むだけだ。人と関わらないと決め、もう二百年も一人孤独だけを相手にここに篭もっていたのに。

 視界の隅に動くものを捉えた。

 リスが木の実を頬にいれ、あたりを見回している。獲物を見つけ、頬をいっぱいに膨らませると冬に備えて我が家へと走り去った。

 冬…。

 残された時間(とき)は残酷なほどに短い。

 その中で私は何が出来るだろう。彼に何をしてあげられるだろう。

 ポケットに手を入れ、彼に貰った贈り物を取り出した。

 ガラスに青空が透け、白い砂浜の季節はずれな海を思わせる。

 彼は渡しずらそうだったが、永遠は気にならなかった。儚いそれは、彼が言ったように自分のものだと思った。

 時は止まらない。砂は残酷にも一本の線となり滑り落ちてゆく。

 彼のために生きたい。

 彼が望むなら、永遠にだって共に生きていきたい。

 生まれてから生きたいと思ったことのない永遠が、死ぬことをさも当然のようにあっさりと受け入れた永遠が、今は強くそう(おも)っていた。


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