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ラストメモリー  作者: 黄昏アオ
残り3ヶ月
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招かれざるもの

「私は上月(こうづき) 永遠(とわ)。十八年生きてきたけど、あと三ヶ月の命よ。一応言っておくと私は人間」

 永遠は彼の顔に何が浮かぶか注意深く見つめた。

 がっかりするべきかほっとするべきか、端正な顔には何の表情も表れなかった。

 「あなたは本当にヴァンパイアなの? それとも少し、頭がおかしいだけ?」

 彼は片方の口角だけを上げる歪んだ笑みを形作ると、この世の時間はすべて自分のものとでもいうように、ゆっくりと言った。

 「どう思う? ヴァンパイアか―」

 じっと見つめていたのに、視界から彼が消えた。

 「頭がいかれているのか」

 すぐ後ろから声が聞こえ、さっと振り返ると硬い男の胸にぶつかった。よろめいたところをクリスチャンが腕をさっとまわして支えてくれた。

 彼の胸からゆっくりと視線を上げていくと、底知れない深みをたたえた金色の瞳と出会った。その中に真実を見た気がした。

 「信じられないけど、ヴァンパイアでしょうね」

 彼はすでに馴染みとなった得意の笑みを浮かべて囁いた。 

 「ああ、わたしもそう思う」

 永遠はじっとクリスチャンの顔を見つめた。

 両親が死んで、なくしたと思っていた感情が、かすかに自分の心の奥に感じられた。

 「私と取引しない?」

 クリスチャンの目が警戒するように細められた。

 「取引?」

 彼が乗り気じゃないことを察して、永遠は早口で告げた。

 「あなたの時間をちょうだい。三ヶ月だけでいい。三ヶ月だけ私と一緒にいてくれたら、あなたの欲しいものは何でもあげるわ。私の血を全て飲み干してもいいし、殺したってかまわない」

 クリスチャンは何も言わなかった。微動だにせず永遠の目を見返していた。

 その揺ぎない瞳の明るさに耐え切れず、諦めのため息と共に永遠はゆっくりと目を閉じた。



 クリスチャンはふれあいを求めていなかった。

 誰かと関わりあいになるとどうしても感情が伴い、結局は喪失感だけが膨らんでいく。相手がいなくなった後も、彼は存在し続けるのだから。

 彼は長い間独りきりで生きてきた。奪い去られることがわかっているものを、一時自分のものにするよりも、彼は孤独を好んだ。

 だが今、彼は何百年かぶりに人間と関わりを持とうとしていた。

 クリスチャンには自分がわからなかった。

 暗い夜道を永遠と並んで歩きながら、先ほどの彼女との取引を思い返していた。

 ―あなたの時間をちょうだい。三ヶ月だけでいい。三ヶ月だけ私と一緒にいてくれたら、あなたの欲しいものは何でもあげるわ。私の血を全て飲み干してもいいし、殺したってかまわない。

 そう言う彼女の瞳に自分と同じものを見た。

 ―孤独。

 彼にとっては、自分の一部といってもいいほど馴染み深いものだったからすぐにわかった。彼女は慎重に隠しているつもりだったのだろうが。

 永遠はとても儚げで、彼女に近づいたのもそんな様子に惹かれたからだった。

 きっと孤独が長すぎたのだ。心のどこかで、人とのふれあいを求めていたのだろう。

 三ヶ月。永遠を生きる彼にとっては無きに等しい。

 たった三ヶ月のことだ。彼女に心を許さなければいい。

 そうすればまた、孤独と二人きりになったとしても空虚さを抱えて眠らずにすむ。

 「ここよ」

 彼女の声に我に返り足を止めると、こぢんまりとした家の前だった。



 家の中は片付いていた。というよりはあまり物がなかった。きっと彼女も彼と同じようにモノに執着しないのだろう。

 モノはいずれなくなるから。

 部屋には必要最低限の家具があるくらいで、彩りを添えているのは、所々に飾られた写真とソファの上に置かれたカラフルなクッションくらいだった。

 クリスチャンの視線を追って、彼女が聞かれもしないのに言った。

 「それ、叔母さんの手作りなの」

 だからわかるでしょというように彼女は肩をすくめた。

 同意の印として頷いた。 

彼女の趣味とは異なるが、叔母さんの気持ちを無下にしたくないのだ。

 いったいいつから相手を優先して生きてきたのだろう?

 いったいいつから自分を殺して生きてきたのだろう?

 きっと険しい表情になっていたのだろう、彼女がおずおずと言った。

「お茶でも淹れましょうか? それかコーヒーでも」

 「君の血は頂けないのかな」

わざわざ明るい口調で言ったのに、彼女の顔から血の気が引いた。

 「取引したじゃない。三ヶ月一緒にいてくれると」

 彼女の瞳に隠し切れないもろさが滲んだ。

 「ああ、取引した。だがあれは三ヵ月後には君の血を飲み干してもいい、もしくは殺してもかまわないというものだったはずだ」

 彼女は何も言わなかった。下を向き、髪で顔を隠して体を小さく震わせた。

 クリスチャンは彼女に心を許すまいとわざと冷たく言い放ったが、本当にしたいのは腕に抱きしめ、彼女を傷つける何者からも守ってやることだった。

 最初から彼女には保護欲をかき立てられ、それに抗うのは不可能だっだ。だから夜道をさして注意もせず歩いている彼女を見守っていたのだ。

 自分で傷つけておきながら、その結果をこれ以上見ていられず、あやすような口調に切り替えた。

 「お嬢さん、君はヴァンパイアについて学ぶ必要がある。ヴァンパイアは一度に多量の血を摂らない。君たち人間が献血と称して行っている行為の方が、よほど多くの血液を失うぞ。わたしは一度貧血を起こした」

 じっと彼女を見つめて反応をうかがう。

 顔を上げた彼女が目を見開き囁いた。心なしか目が潤んでいるような気がする。

 「ヴァンパイアが献血?」

 「ああ、そうだ。こっちへおいで」

 クリスチャンはソファに座ると先ほどの望みを叶えた。彼女を膝に乗せて自分の腕でしっかりと包みこんだのだ。

 本当はいけないことだとわかっているのに、こうすることがとても正しく感じられる。

 「このクッションもそんなに悪くはないな」

 けばけばしいクッションにもたれ囁くと、彼女はくすくす笑った。

 クリスチャンは彼女の顔を見下ろし、最初の質問を繰り返した。

 「君の血は頂けないのかな」

 彼女はクリスチャンの顔を見上げ、ためらうことなくそっと微笑んだ。

 「あなたを信じるわ」

 クリスチャンは目を見つめ返し、ゆっくりと顔を下ろしていった。

 彼女に逃がれる猶予を与えるために。

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