こぼれたスープ
それから一週間、狼の傷は瞬く間に癒え、足の深い傷以外の包帯は取れた。
「ブリス、ゆっくり食べなさい」
テーブルについた永遠は椀ごと食べそうな勢いでスープを飲んでいる狼を見下ろし言った。
「永遠、そいつはオスだぞ。ブリスというのは女の名のように思えるが。そいつには奇妙やガッツキという名のほうがよかったのではないか?」
クリスチャンはスープの入った椀にスプーンを置くと、目は狼に据え永遠に言った。
不揃いの目をした大きな狼を足下にはべらせた永遠は異教の女神のようだ。
永遠はほとんど手をつけていない椀を押しやった。
「そんなことないわ。ブリスは奇妙なんかじゃないもの、とてもきれいな目だわ。まぁ、ガッツキというのは」
永遠がチラッと足下を見下ろす。
狼が床に飛び散ったスープをなめている。
「悪くないかも」
永遠はブリスの空になった椀を取り上げると席を立ち、鍋のところへ行った。
「だけど私、オッドアイのことをあなたの図書室で調べたの。日本では“金目銀目”といって、幸福を運ぶそうなの。だから『無上の幸福』という意味の名前にしたの」
椀にスープをすくい、少し考えてからふちのすぐ下まで注ぎ足した。
それを持って席に戻ろうとしたとき視界が揺らいだ。
シンクの端を掴もうと手を伸ばしたが、その手はむなしく空を掴んだだけだった。
ふちからこぼれたスープが手に熱い。
「永遠?」
彼の声には不審が表れている。
ふらつきながら揺らぐ視界を定めようとまばたきを繰り返し、彼の顔を凝視した。
揺らぎが少し治まってきた。
「なんでも、ないわ」
そう言って一歩踏みだしたとき、すべてを闇に支配された。
痛みに悲鳴を上げ、永遠は膝からくずおれた。
スープは辺りにこぼれ、床に落ちた椀には三分の一も残っていない。
「永遠っ!」
クリスチャンが目にも留まらぬスピードで永遠の横に移動し、永遠を抱き寄せた。
それと同時にブリスは二人のところへ駆け、スープには目もくれず二人の周りをそわそわと歩き回った。
「永遠、どこが痛むのだ?医者へ行こう」
クリスチャンは口早に言い、永遠を抱き立ち上がった。
永遠がクリスチャンの服をにぎりしめ、苦しそうに喘ぐ。
「薬、私のかばん、の中。あなたと、会った、日の…」
体をのけぞらせ痛みに震えると永遠の言葉が途切れた。
だがクリスチャンには十分だった。
永遠をスープに濡れていない床へ運ぶとそっと下ろした。ブリスに彼女を見ていろと言うと永遠にさっと視線を走らせる。
「わたしが助けてやる」
クリスチャンは飛び出した。




