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ラストメモリー  作者: 黄昏アオ
残り3ヶ月
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出逢い

 あなたに出逢えたから、私は生きたいと思った。


 君に出逢ってしまったから、わたしは死を願った。


 滑り落ちていく時の中で、私はあなたに何をしてあげられるの?


 限りのない時の中で、わたしは君に何をしてやれるのだろう?




 ―あと三ヶ月。

 あと三ヶ月で自分の人生が終わるというのに、何の感情も湧いてこなかった。

 生き物はどうしてこの世で生を受け、何のために死に向かっていくのだろう。

 子孫繁栄? 一体それが何だというのか。その連鎖の中で何が生まれる? 脈絡のない世界で同じように謎を与え続けるだけでは? 

 シニカルな考えに唇が小さく弧を描き、意識が現実世界へ引き戻された。暗い夜道に視線をやり、何の異常もないことを確認すると、最近、癖になった空想を再開した。

 私には何かを成し遂げたいとか、生きる糧ともいうべき情熱がなかった。いつどこで落としてしまったのかも、自分ではわからない。

 そもそも初めからなかったのかもしれない。

 両親を早くに癌で亡くした私は、親戚の家で育てられた。そのことは恵まれていたのだろう。皮肉な思いが胸を占領した。別に親戚をたらい回しにされたわけでも、疎まれていたわけでもなく、叔父さん叔母さんはとてもよくしてくれた。二度と私が傷つかないように。

 だが、私にはそれが重荷になった。

 いつも必死に笑顔を作って、何も悲しいことなんかないというように明るく振舞った。それでもいつも「かわいそうな子」というレッテルが、決して離れることのない影のようにつきまとっていた。そう本当に影のようだ。実体がないくせに、見えなくてもそこにある。

 だから自分の周りに壁を築き、影だけを相手に生きることを決めた。

 高校に上がると同時に家を出て、少ないながらも思い出の詰まった両親の家に一人で住み始めた。幸いローンは返済されていたし、時々叔母が掃除してくれていたから簡単に埃を払うくらいで済んだ。

 最初、叔父夫婦は反対したけれど、結局私の好きにさせた。いずれ私が住みたがるとわかっていたから。

 住み始めて二年目ともなると、一人では広すぎる暮らしにも慣れた。

 だが三年目を迎えることはなさそうだ。医者の診断によれば、三ヵ月後のクリスマスまで生きられるかどうかということだった。

 癌が体中に転移していて、気づいたときには手遅れだった。両親が癌で亡くなっているのだから気をつけるべきだったのに、私は検査に行くのを拒んだ。死を恐れていたわけではなかったが、死を免れられないことを知られるのが怖かった。

 だがもともとそういう運命だったのかもしれない。両親もそこで亡くなっているし、あの家で死ぬのが一番だろう。叔父夫婦には知られたくない。もう二度と二人の顔に哀れみが浮かぶのは見たくない。

 自分の体を抱きしめ唇を引き結んだ。

 かわいそうだと思われるのが死ぬほど怖かった。

 「お嬢さん」

 意識に入りこんできたのは、深みのある低い声だった。

 辺りは暗く、月がいくら頑張ったところですべてを暴き出すことはできなかった。立ち止まって目を凝らすと、二メートル程離れたところに一層暗闇に沈んだ場所がある。

 「こんな夜更けに一人で出歩くものではない。特に君のような若いお嬢さんは。一体どんな危険に出会うかわかっているのか?」

 「たとえばあなたのような?」

 くっくっと笑い声が聞こえ、口元が緩んだ。彼の言うようにこんな夜更けに男と出会うなんて、恐れて当然なのに不思議と恐怖は感じなかった。

 「そうだ」

 もっとよく相手が見えればいいのに。そうすれば彼が、自分の頭が生み出した影でないことが確かめられる。

 躊躇いがちに数歩近づくと、向こうも数歩進んだ。衣擦れの音ひとつしなかったから、じっと見つめていなければ動いたことにも気づかなかっただろう。

 相手は大きな男だった。身長は百九十センチ近くて、肌は浅黒く、髪も漆黒で肩に届きそうなほどだ。そして顔立ちは、雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないような、人目を引かずにはおかない魅力を備えている。目は明るい茶色だろうか。口は真っ直ぐに引き結ばれ、さっき笑い声を聞いていなければ、笑うことなどないのだと思わせるようなものだった。服装は恐らく全身黒ずくめだ。どおりで彼に気づかなかったわけだ。

 容姿がこれほど魅力的でなければ「今日は何を盗みに行くの?」と尋ねていたところだ。

 だがこの人は泥棒向きじゃない。

 じろじろ眺めていたことに気づき、急いで視線を上げると、相手も私を品定め中だった。

 「わたしのことが怖くないのか?」

 ようやく視線を顔に戻した男は、偽りの色はないかと目をじっと見つめて尋ねた。

 「いいえ。あなたは私が怖くない?」

 男の目を見上げ、じっと見つめ返した。

 男は驚いた様子だったが、片方の唇の端を上げて言った。

 「いいや。君のようなお嬢さんを怖がる男はいないと思うが」

 腕を組んで言い返した。

 「そう? 女にだって武器はあるわ」


 男は私を上から下まで眺めると、その視線を顔に戻してぽつりと言った。

「ああ、確かに」

 驚いたことに、彼は一歩後ろに下がると、優雅なお辞儀をした。

 「では改めて挨拶することにしよう。わたしはクリスチャン・ベルナール。六百年生きてきた、ヴァンパイアだ」

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