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『サバと覆面男』【掌編・コメディ】

作者: 山田文公社

『サバと覆面男』作:山田文公社


 階段から生サバが降ってきた。唐突すぎて混乱しているので、順を追って今日の出来事を振り返る。まず今日も仕事が終わり疲れた体を引きずって階段を上り3階の自宅へと向かっていると、階段の上から覆面をつけた男が生サバを投げつけてきたのだ。

 当然ながら僕は逃げた。明らかに覆面男は常軌を逸している。生サバをぶつけられて、服がとても生臭くなった。

 走って逃げながら、なぜ生サバをぶつけられるのかを考えた。物事には訳がある。理由もなく生サバをぶつけられる訳がない。

 そもそも生サバを人に投げるなど、考えられない。何かの部族の祭りならありえるかも知れない、しかしそれは丸ごとの生サバのような気がする。決して切り身を投げつけたりしないだろう。そう考えると、おかしい、何かがおかしいのだ。

 切り身の生サバをぶつける理由などない。明らかに覆面男は愉快犯である。そう考えると怒りがこみ上げてきた。振り返って対決姿勢を構えると、生サバから生のブリへと持ち替えた。覆面男は明らかに手慣れている。目の前の覆面男はこういった荒事が得意なのだ。僕は身の危険を感じたが、質問した。

「なぜ僕を狙う!」

 その問いに答える事なく覆面男はブルゾンの上着の内側に手をいれて、突然白子を投げつけてきた。飛び散る白子が口に入った。覆面男が猛然と襲いかかってきて、ブリで頬を殴られた。会話は成立しないのだと、ブリで打たれた頬をさすりながら悟る。とにかく今は逃げるしかない。そう思い再び男に背を向けて走りだした。

「助けてくださーい!」

 必死で走りながら助けを求めたが、この時間は人通りは途絶えていて誰もいない。背後から生サバが飛んでくる。背中になんとも言えない感触が伝わってくる。

「助けてー!」

 必死の叫びも町に虚しく響く。そしてとうとう走り疲れた僕は地面へと倒れこんだ。

「もう、好きにしろ……」

 そう言い放ち覚悟を決めた。その言葉を聞いて覆面男は呻くような笑い声を上げた。そしてブルゾンの内側からビニル袋に入った大量のいくらを取り出してみせた。

「ま、まさか……」

 僕の怯える声に、覆面男の押し殺していた笑い声が突如として嘲笑に変わった。そして無造作にいくらを僕に浴びせかけたのだ。

「やめろぉぉ!」

 袋から勢いよく大量のいくらが頭へとかけられた。叫んだ口に中にプチプチと独特の匂いが広がった。口に入ったいくらをはき出すと、哀れなほどに怯えた声で言った。

「よくも、よくもこんな真似を……」

 すると覆面男は僕の両頬を万力のような強い力で締め上げてから言った。

「なぜこんな目にあうのか、自分の胸に手を当てて考えろ」

 覆面男の低い地響きのような声を、僕は恐れた。

「もう一度言う、なぜこんな目にあうのか考えろ」

 僕にはなにも心辺りが無かった。

「どうやら思い出せないようだな……田中」

 覆面男の言葉に僕は聞き返していた。

「田中?」

「恐怖で自分の名前もわすれたのか?」

「自分鈴木ですけど……」

「……え?」

「いや、だから僕、鈴木って言います。ほら運転免許証にも書いてます」

 そう言い僕は運転免許証の名前を覆面男に見せた。

「田中さん……じゃ、ない?」

「はい、僕は鈴木です」

 覆面男はしばらく考える仕草をして、突然走って逃げ去っていった。

 

 

 あれから僕は考える、一体何をすれば生サバをぶつけられるような事になるのか、と。あれ以来覆面男には会っていない。ちなみに近所の田中さんを探してみたが見つからなかった。

 もう二度と覆面男には会う事はないだろう。残された謎は一生解けない。ただもう謎だけが残った。

 後日サーバーがサバと呼ばれている事を知る。何か手がかりになりそうだが、もう謎を追うだけの気力はない。

 ただひとつ……食べ物は粗末しない。食べ物は食べる。決して投げたり、人にかけたりしない。……何とも当たり前の教訓だ。

お読み頂きありがとうございました。

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