先輩 と 後輩A と梅雨
『先輩 と 後輩A』の第2弾。
(追記)
『先輩 と 後輩A』の第3弾を投稿しました。
題名は『先輩 と 後輩A とバカッポー』です。よろしければ、読んでくれるとうれしいです。
雨の匂い。
ジメジメ。
梅雨前線。
そう、季節は梅雨。本格的に夏へと季節が移行する一歩手前の段階。
太陽がこれから頑張らなきゃなぁ、と嘆きの涙を流す時期であり、
芽吹き始めた木々や草花がいやっほーい、と中だるみする時期であり、
徐々に早足になる夏の熱気を感じながら人々がうへぇ、な状態になる時期である。
とか、なんとか。
詩的を気取ろうとして無理矢理情景を抜き出しすまでは良かったものの、そこに間違ってとろけるチーズを配合してしまったような、微妙に奇妙な言葉の羅列が頭の中を駆け抜けて行った。
その思考が絡み付いて頭の回転がいつにも増してどんより鈍足。牛みたいにのそのそじゃなくて、どちらかと言うとナメクジみたいに引き摺るみたいな鈍足。
周りにある湿気を吸ってツンツルテンになった脳に、ずるずるねっとりゆるゆる動く脳内。塩でもかけりゃ上手い具合に萎縮して皺が戻るかもしれない。……うわーぉ。
あ、なんとなくだけど。『微妙に奇妙な』って、なんだか良くないかい君?語呂とか舌触りとかそこらへん。
……ふむ。
後輩Aのように強引な舵きりをしてみたが、そこから展開する話も無いので、道順を強引に戻す魔法の言葉を使おう。
閑話休題
どうにも梅雨は気分が変な方向にもって行かれがちだ。どんよりとした曇り空が頭の上に敷き詰められているせいかもしれない。或いは、雨が降る前の青々とした独特の土の匂いのせいかもしれない。もしくは、身体を薄い膜のように包むジメジメとした湿気のせいかもしれない。結果的に全部かもしれない。
つまるところ、色々な理由のせい。
グダグダ言ったところで、この一言に集約される。いや、便利だね『色々』って言葉。
「――あぁ、あと」
あと+αな理由で、友達の『狐』君と妙に濃い味付けな会話を楽しんだからっていうのもあるかもしれない。
『狐』君。
明記しておくが、間違っても動物のほうではない。誰が言い始めたのかは分からないが『狐』というあだ名の男子生徒のことだ。
男のような女のような子どものような大人のような。そんな人間であり、
正論も戯言も本音も冗談も。境界線の曖昧な話し方をし、
飄々とふわふわと漂う雲のような。真意の見えない雰囲気をかもし出す。
自称、奇人。
他称、変人。
そんな、俺の友達。
久々に狐君の友達の話を聞かされたのだが、『化猫』ちゃんだの『天狗』さんだの、彼の友達は相変わらず霞がかったように不明瞭な人物像しか浮かび上がらない。一度会ってみたいものだ。
なにはともあれ、彼の相手は良い意味で心を使う。地味に梅雨の時期にはきつかった。
考えれば、俺の友達は特殊ちゃんが多い。……のかなぁ。……たぶん。
『THE委員長』といい。
『狐』君といい。
『山田くん』といい。
キャラとしての味付けはそこそこ濃い人たちかもしれない。
『THE委員長』曰く、「アウトローに好かれがち」。
『狐』君曰く、「変人を集める磁石くん。略して磁しゃ君」。
『山田くん』曰く、「あんたも大概変人でしょう?普通すぎて」。
それが、俺に対する彼らの印象らしい。
ふと、もう1人顔が思い浮かぶ。『後輩A』はどうなんだろう?
アウトローで変人な人種ではないと思うんだけどな、あいつ。……あいつから見た俺の評価というのも訊いたことがない。少し気になる。
……まてよ。
なんで4人しか名前があがらねぇ?
俺もしかして……。
……………、
友達少ない?
「なぁっ!!」
いらん新事実。というか目を背けていた現実にいらんところで直面。正面衝突。
「ぐはぁっ!!」
盛大にその場に崩れ落ちる。もちろん脳内でなく現実で。
場所の描写がなかったので、ここで補っておくと、ここは校門を出る一歩手前。もちろん帰宅の途につく生徒は沢山いる。
「うわ、なにあれ」「どうかした?」「無視無視っと」そんな小言と視線のおかげで、心が沸騰しそうだ。湿った土を握り締める。悔しさとか恥ずかしさでは断じて、きっと、たぶん……ない。うん、そのはず。……だと思いたい。
「そもそも」
そもそも友達が多い=いいことではないだろう。
そもそも友達が少ない=かわいそうではないだろう。
そうだとも、大丈夫だよ。大丈夫だともっ!!
「I'm fine!」
「妙にいい発音で、なにやってんですか?」
「どうわっ!!」
漢字で表すと童話ってな感じに悲鳴が飛び出た。
なんだ、どうした、敵襲か!?とかそんなスピードで声の方向に臨戦態勢。
「もう一度訊きます。なにやってんですか?」
と、臨戦態勢をとったはいいが、そこに佇む姿に一気に何かが身体の中から抜け落ちる。
「――あぁーっと。その、えぇーっと……」
キョドる。盛大にシドロモドロ。
「……and you?」
「アイム ファイン サンキュー。……で――」
発音もへったくれもない日本語英語で、返答を返したのは、
「――再三訊きますけど、なにやってんですか?先輩」
クールであり、
ドライでもあり、
無愛想なことで知れている、
女の子。
わが友達。
如かしてその実態は、後輩A。その人だった。
なあなあと、そのままの流れで一緒に帰宅の途につく俺と後輩A。なんだかんだでいつも通りの光景だ。毎日とは言わないが、週2~3くらいの頻度。……いや待てよ。後輩Aの部活は基本週3らしいから、こいつの部活のない日はいつも一緒か。
それって考えてみれば、凄いこと?
いやいや、そうでもないでしょう。
俺たちはバカップルでもなければ付き合ってすらいない。
そもそもそうであるなら、もっとキャッキャウフフしているものでしょう?
もしくはモジモジイジイジ乳繰り合っているものでしょう?
そういうことが桃色チュッパチャップスな青き春ってものでしょう?
俺と彼女は、先輩後輩関係。
そこそこ信頼しあっているくらい。が言いすぎに感じるくらいの関係。
それがどれ程のものかと言われれば、校門前で盛大に崩れ落ちた変人(あくまで第三者視点の話)に対して人目をはばからず(彼女の他人にどう思われようが知ったこっちゃないという性格よる補正も有り)、先輩だからという理由で声をかけられるくらいのもの。
そうとしか言いようが無い。
「――で、友達の少ない先輩は悲しみに打ちひしがれていたと」
「悲しくなんかないやい」
本当に悲しくなんかない。だから、もうその話を持ち出すな。人目につく場所であんなことをやってしまった羞恥心とセットでオレの心に土足で踏み込んでくるんだよその話題は。
思い出しただけで、首筋がスッと赤く熱をおびる。
ウガーーッと頭を無性に掻き毟って、布団に包まってしまいたい。
――いや、引き摺りすぎだぞ、俺。
大丈夫。さっきそう言い聞かせたじゃないか。
「そう!I'm fine!!」
「梅雨、嫌ですね先輩」
後輩Aの舵取りはいつにも増して素晴らしく絶好調だった。……チクショぉ。
「いや、梅雨が嫌というより、私は曇りが嫌いなんです」
どっちつかずだからですかね。と独り言のように俺に呟く。
確かに。
今年の梅雨は、空梅雨ではなく、かといって本格的に雨は降らない。思い返すとほとんど朝から晩まで曇り空。そんな日が多い。
それでも西日本のほうはそうはいかないらしく、連日のように突然の大雨や土砂崩れのニュースが新聞や報道番組で飛び交っている。ご愁傷様、南無。
「俺はどうだろ。……晴れより曇り、曇りより雨が好きかな。梅雨は嫌いだけど」
ジメジメしていて、オレの成分がどこかへと流れ出ている気がしてならない。
「へぇ、そうですか。……私は曇りより雨、雨より晴れが好きですね」
「ふぅーん、そっか。――あぁ、そういえば狐君は……」
そういえば、さっき話をした狐君は曇り空が好きらしい。この雰囲気が好きなんだと。
「狐君って誰ですか?」
「俺の友達」
!
「……先輩の友人の話なんて始めて聞きました」
「おい、俺が友達の話をしたらおかしいか?」
表情の機微が分かり難いお前だから気付かないと思ったか。ビックリマークが見えてるぞ。
「ついさっき友達が少ないと聞きました。それに昔から先輩は友達の話はしないので、その数少ない友人にも見捨てられているのかと」
「思ってたのか!?先輩は所詮ボッチがお似合いだとでも思っていたのか後輩A!!!」
「いえ、そこまでは思いませんけど」
どこまで思っていたのか物凄く気になるっ!
が、「……はぁ。ま、いいや」
はにかんだように笑う後輩Aとみたらなんだかどうでも良くなった。
どうにも普段表情筋がサボリ気味な後輩なのに、こういうストレートな(まぁ他人と比べたらずいぶんと控えめでわかりにくいんだが)笑顔ができるんだろう。
でもそれが嫌なわけでない。出会ったころのあまりにも無口一辺倒で鉄面皮に比べればいい変化ではあると思う。そのことは間違いない。
「でも、本当に先輩は友達の話はしませんね」
「友達、ねぇ」
友達か。
本人たち曰く変人らしいからな、彼ら。俺からしてみりゃ、全員変わらないけど。
例えば、狐君が曇り空が好きなように。後輩Aが晴れ好きなように。俺が雨好きなように。
千差万別で十人十色な世の中、変人なんて1人もいないと思う。俺もその中の住人だから何とも言えないけど。思えば、世の中千差万別十人十色と言った手前、他人を変人か常人かとか区別する権利(権利と言っていいのかわからないが)をもった人間がいるかもしれない。しかし、居たからなんだ。オレはそいつとは違う。
とか、かっこつけてみる。
が、やっぱりガラじゃない。
どう理屈つけたって、彼らは俺の友達だ。それが変わらないならそれでいい。
「ま、気が向いたら話すよ」
どうにも中性的で、曇り好きな、『狐』君のことを。
博愛、清廉潔白で、恐らく「どんな天候も大好きよ」と言いそうな『THE委員長』のことを。
没個性的個性、毒舌辛舌で、恐らく「どの天気も嫌い」と言いそうな『山田くん』のことを。
「はい。気が向いたら聞きますよ」
では、そのときまで。とっておいてくれたまえ。
「はい。先輩をどう笑うか考えながらとっておきます」
とっておかずに捨てっちまえ。ドブかどこかに。
あっと、このままいい感じに終わる前に。
「なぁ、後輩A。俺のことどう思う?」
オチがついたのに引き伸ばして聞くことでもない気がするが、忘れないうちに。
「――先輩、ですか」
思案するように、俺を見上げるどこか猫を思わせる目。少し小柄な身長のせいで自然と上目遣い。
どうでもいいが、女性の上目遣いってどうしてこう、可愛いのだろう。なんだか無償に頭を撫でたくなる。実行に移すほど度胸が据わっているわけではないが。
あれなんだよなぁ、俺の中のまだ開花していない父性的な柔らかい部分を突いてくる感じ。ずるい。
「しいて言うなら、先輩は『陽だまり』、ですかね……」
陽だまりねぇ。
「また、太陽か……。で、その心は?」
「別に、上手い例えが浮かばなかっただけです」
見上げていた猫のような目をふい、と前に向ける。
「ただ、なんと言うか、先輩の隣は余計なこと考えないでいられて、どことなく落ち着くんです」
一瞬。
ぽかん、としてしまった。
漫画のようにクサい台詞。それでいて異性に言われたら無条件で嬉しくなる甘い台詞。そして言った者勝ちのずるい台詞。三拍子揃った言葉を返してきた。
なんだろう、言葉のキャッチボールをしていたらチョコレートを投げ返された感じ。
なんだよ。
なんなんだよ。
ニヤけちまうじゃねえかこの野郎。
しかし欲を言うなら、その言葉に見合うだけの飛び切りの笑顔くらいの付録が欲しかった。無表情で言われたら嬉しさにもストッパーがかけられてしまう。
無表情のままでもいいから少し頬を赤らめるとか。……いや、そこまでしなくとももう少し言葉に抑揚をもたせてみるとか。
「あ、雨。降ってきましたよ」
ほら。
そうやって、なんでもないようにすぐ話題をシフトする。
ニヤけそうになるのを我慢している俺がバカらしくなるじゃないか。
「……そうだな」
でもま、これこそ後輩Aらしさ。ってことなのかね。
らしさ。で片付けるには少々勿体無い気もする。しかし、チャームポイントと言うには角ばりすぎている。もう少し丸まってくれないかなぁ。などと思いながら持参のビニール傘をひろげた。後輩Aは折り畳み傘を。
ここであいあい傘とか出ないあたり、俺たちの関係は青春とは程遠いらしい。
「……あぁ」
……あぁ、そうか。
そういうことか、俺たちの関係。
微妙な、先輩後輩関係。
どっちが上か分からない、上下関係。
時々逆転する、力関係。
そしてちょっとした、信頼関係。
あいあい傘なんかなくても肩並べて傘2つ。
初々しさなんかないまま、すぐ近く。すぐ隣。
つまりそれだけ。
つまりそれほどの関係の俺と彼女。
へぇ、そっか。
そうだな、うん。
『陽だまり』かぁ。
「なに、ニヤニヤしてるんですか、先輩」
「いやいや、まぁまぁ――」
再確認ですよ。
「――やっぱり後輩Aは、大切な人だなってね」
「……なっ、……反応に、困る話ですね」
なんのことない。
「つまり、微妙に奇妙な関係ってことだな、俺たち」
「……『微妙に奇妙な』って、なんだか良いですね。……響きとか」
「だろ?」
完璧に自己満で書かれた短編、なんか連載より短編でだしたほうが気が楽なので、こういうスタンスで。
にしても。
自己満過ぎて、文法も起承転結も有ったもんじゃねぇ。まぁ、いいか。