死亡記事から始まり悪夢で終わる —婆さん来たりて梓弓を鳴らす—
スポーツ紙に小さな死亡記事が載った。
Musashino StarsのA投手が8月15日、多摩川で心肺停止の状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。21歳だった。自殺と思われる。同投手は甲子園でノーヒットノーランを達成し優勝投手となり、Musashino Starsにドラフト一位指名され、高校卒業と同時に入団した。近年一軍での活躍はなく、二軍に所属していた。
Musashino Stars球団事務所 球団幹部と職員の会話
「二軍の選手が亡くなったそうだな。死亡記事くらいで収まるようにマスコミに手を回しておけ」
「すでにスポーツ紙には話をしてあります。一般紙はスポーツ紙の小さな死亡記事の後追いはしないでしょう。しばらくしてからシレッと地方面に数行の死亡記事を載せるだけでしょう」
「テレビはどうだ」
「たかが二軍選手、それも一軍で投げたのは入団当初のネームバリューがあった時の数回のみですから、もう取り上げても視聴率が稼げるとは思わないでしょう」
「そうか。そうだな。それでいい」
お盆が過ぎて終戦番組も終わって話題が少なくなった時、狙いすましたように某ワイドショーがAの遺書を公開した。
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、僕は疲れました。一生懸命やっても一軍に上がれなかった。二軍でも並以下だった。プロの力はなかった。入団してからずっと球団に迷惑をかけっぱなしですごくつらい。
期待して送り出してくれた皆さん、ごめんなさい。僕に力がなかったからごめんなさい。球団の皆さんお役に立てなくてごめんなさい。
◯◯ちゃんや△△ちゃん、それにポチと釣りに行ったり、山で山菜を取ったりして楽しかった。みんなで家に帰ってお婆ちゃんが作ってくれた飯台に山盛りの炭酸饅頭をうまいうまいと言いながら食べたっけ。みんなどうしていますか。ポチは元気ですか。ポチはもう年だから気をつけてやってください。
今も前の川でヤマメが釣れますか、イワナがいますか。裏山で雉が鳴いていますか。谷が夕闇に包まれるころ、高台の神社の銀杏が黄金色の光を放っているのをもう一度見たかった。
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、僕はもう芯から疲れ果ててしまいました。大金の契約金をもらってしまったけど、帰りたいです。
マスコミは一斉に後追いした。
Aの実家、親戚、出身高校、二軍の寮、球団事務所、関係者にマイクとカメラが殺到した。この様な状況をメディアスクランブルと言った親分がいたようだが、まさにメディアが一斉にスクランブルして集団的過熱取材のメディアスクラムとなった。
Musashino Stars球団事務所幹部の部屋 再び幹部と職員の会話
「おい、話が違うじゃないか。一般紙もスポーツ紙も一面じゃないか。スポーツ紙には手を回したんだろう。民放はどのチャンネルを見ても特番じゃないか。国営放送はスペシャル番組を組むようだ。なんでこうなった。遺書があったなんて話は聞いてないぞ」
「遺書がーーー。古い話ですが、オリンピック選手の◯◯以来の趣きの遺書というか。出来は○◯の方が格段上ですが、何しろ両親、祖母、関係者に謝っているだけで、責めるのは自分だけ、他者を責めない、責任転嫁をしない、故郷を想う、故郷は文部省唱歌の‘兎追ひしかの山、小鮒釣りしかの川・・・如何にいます父母、恙なしや友がき・・・こころざしをはたして、いつの日にか歸らん’を彷彿とさせ、日本人の琴線に触れ、実は私も感動しました。近頃の遺書は告発や責任転嫁だらけでこのようなスッキリとした遺書にお目にかかったことはありません」
「何を解らんことを言っている。ネットでも大炎上しているそうだ。暴力を振るわれたとかパワハラでいじめられたとか事実無根の話がボロボロと出ているそうじゃないか。このままでは球団のイメージが地に落ちてしまう。うちが潰れれば野球そのものが潰れてしまう。なんとかしろ」
「ネットは対処の仕様がありません」
「そこをなんとかするのがお前の仕事だろう。顧問弁護士にネットで勝手な発言したやつを訴えさせろ。イメージが良くなるような情報を流せ。頭を使え。給料はなんのために貰っているんだ」
「ネットに戸は立てられません。じっと耐え風化を待つしかできません。下手に対応すると油を注ぐだけです。今顧問弁護士を使ったら、大球団が権力を振りかざして潰しにかかったと盛り上がってしまいます。本業を頑張るのが一番の対策です。勝って勝って勝ちまくるのが良いかと」
「スターは大リーグに行ってしまう。うちには来ない。選手はドラフトだ。そんなに勝てるものか、馬鹿野郎。お前は馘だ。能無しめ。いや肉月の脳無しだ。分かるか、分かったらさっさと荷物をまとめて出て行け。自己都合の退職にしてやる。出ていかなければ懲戒解雇だ」
「・・・分かりました。お世話になりました」
球団事務所 職員同士の会話
「おい、お前がスカウトしたAが亡くなったぞ」
「誰だ、そいつは。覚えておらん」
「ほれ東北の田舎の高校生で、その地方始めてのプロ、それも我がMusashino Starsに一位指名されたと地元が沸いたーーー」
「あいつか。気の弱い田舎者だったな。投げてダメなら人寄せに良いと思ったんだが人寄せにもならんかった」
「そんなことを言うなよ。彼だって一生懸命やったんだろう。ワイドショーを見たかい。父親が会見して東京に行かせなければ良かったと言っているよ」
「何を今更。たしかに両親は消極的だったが、ちゃんと契約書にハンコを押したじゃないか。親類縁者、監督は大喜びしてたじゃないか。地元の役場だって花火を上げて町長が記者会見までしたじゃないか。最後にこんな記事やワイドショーに取り上げられるなんて迷惑な話だ。ああ、だんだん思い出してきた。婆さんはプロ入りに猛反対していたな。婆さんを交渉から外すのに苦労した」
「葬式は明日地元だそうだ。お前がスカウトしたんだから少しは責任があるだろう。線香の一本でもあげに行ったらどうだ」
「なんで俺に責任がある。高校生は実力は多少どうでも話題性のあるやつを取る、力のある選手は他の球団から金で釣って来ればいいというのが球団の暗黙の方針だ。その方針どおりやったことだ。本人と話したのは二言三言だ。契約金だって大金を払っている。それに表には出せないが周辺にだってずいぶん手厚い挨拶をしている。一度も活躍してないからまるっきり持ち出しだ」
「それを言ったら身も蓋もないが、それでも線香の一本くらい。それに俺の母親はあの隣町の出身だから知ってるが、あれの婆さんは地元じゃ有名なイタコだ。隠された霊能力だか超能力だかがあると噂されているアンタッチャブルな存在だ」
「なんだそれは。ばかばかしい。隣町に縁があるならお前がスカウトに行けばよかったんじゃないか」
「何言っているんだ。俺が担当しようとしたらお前が一面になる、一面になると喜んで俺を押し退けて行ったんじゃないか。とにかく俺はこれから二軍の監督と寮長と線香をあげに行ってくる。寮長は俺の友達だが、やつから頼まれて彼を何回か食事に誘って話をしたしな。いい青年だった。良過ぎたのかもな。出張にはならなかったので有給で行ってくる。お前も俺たちと一緒に来たほうがいいと思うが」
「なんだって言うんだ。俺は関係ない。二軍に所属していたのだから二軍の監督が行けば御の字だ」
「そうか。婆さんのこと、俺は言ったぞ。じゃあな」
葬儀に行くのを断ったスカウト氏。
「女房は孫が熱を出したって娘の所へ飛んで行ってしまったっきり帰ってこない。もうひと月になる。ああクソ面白くねえ。東北の田舎町になんか行くもんか。あの街はろくな飲み屋もありゃあしない。一杯引っ掛けて帰るか」
飲んで帰って早々にベッドに倒れ込んだ。
夜半、ビン、ビン、ビィ〜ンと音がした。
起きようとしても動けない、目もあけられない。
『飲み過ぎたか』
もう一度ビン、ビン、ビィ〜ンと音が聞こえ、続いて皺がれた声が頭に響いた。
『お前の孫の命を三日後に貰う。それまでにお前が死ねば孫は許してやろう。夢と思っているだろう。いいだろう。だがこの夢はお前の女房と娘も見ている』
ビン、ビン、ビィン、ビン、ビン、ビィ〜ンと音がフェードアウトした。
『夢だ。あの野郎がふざけた事を言うからあのババアの夢を見てしまった。みんな夢だ。ただの悪夢だ』
誰もいない自宅で独り言を夢の中で言いながら意識を手放そうとした。
ナイトテーブルに置いたスマホが震え、鳴り出した。




