第九十五話:龍の蓄財、鋼の兵站
第九十五話:龍の蓄財、鋼の兵站
執筆:町田 由美
成都の陽光は、見渡す限りの麦畑を黄金色に染め上げていた。
た私は、法典を編纂する執務室の裏に、もう一つの「司令部」を設けていた。そこは、密偵一号の家族たちが運営する「隠密商団」からの報告を受け、国家の血流を操作する心臓部である。
「軍師。今月も呉の豪商、そして魏の闇商人を通じて、蜀の絹と塩が莫大な富に変わりました。……それらを使い、西域から強靭な『汗血馬』の血を引く軍馬百頭、さらに北方の山中より、折れぬ剣を産む特級の鉄鉱石を買い付け、搬入を完了しております」
密偵一号の言葉に、私は満足げに頷いた。
私は、理想だけでは国が守れぬことを知っている。蜀の地は険しく、自国だけで全てを賄うのは不可能だ。だからこそ、影の貿易を走らせ、敵地からすらも軍需物資を吸い上げる「逆流の計」を仕組んだのである。
「……見事だ。さらに、貿易収益の残りは、全て『特設鍛錬所』へ充当せよ。……あそこの兵たちには、一般の兵の倍の肉と、西域の薬草を与え、一人が百人に比敵する『人斬り兵器』へと仕立て上げるのだ」
同時に、私は自国の農業生産を「鉄の規律」で縛った。
「農民たちに告ぐ。麦、野菜、そして軍用の大豆を供出せよ。その代わりに、国は影の貿易で得た上質な鉄の農具を配り、飢饉の際には備蓄米を無償で供与する。……この蜀の土から、一粒の無駄も出すな」
私は自ら泥にまみれ、灌漑用の水路を検分した。
兵たちが戦場で振るう力は、私の知略からではなく、この地で育った麦と、影からもたらされた塩から生まれる。
成都の巨大な秘密倉庫には、乾燥させた野菜、保存の利く干し肉、そして影の鋼で打たれた槍の穂先が、山のように積み上げられていった。
そこへ、漢中の国境から血相を変えた伝令が飛び込んできた。
「――報告! 曹操、漢中を完全に制圧! 夏侯淵、張郃の軍勢、すでに定軍山を越え、蜀の喉元へ迫っております!」
法正が、冷や汗を流しながら私を振り返った。
「軍師……ついに来ましたな。曹操の物量に対抗できる術が、今の我らにあるのですか?」
私は、羽扇を静かに、しかし絶対的な確信を持って仰いだ。
「……法正殿。戦う前から勝敗は決しています。……曹操軍は遠征による食糧不足と、蜀の険路に疲弊している。対して我が軍は、影の貿易で得た最高の武装を纏い、腹には自国の豊かな麦が詰まっている。……これより、我らが育てた『鋼の軍団』を戦場へ放ちます」
私は、張飛(翼徳)殿と馬超(孟起)殿を呼び寄せた。
「将軍方、お待たせしました。……影の資金で磨き上げた、あの『鍛錬所』の兵たちを率いなさい。……曹操に、真の恐怖を教えてやるのです」
孔明は、その全身に漲る英気とともに、北の暗雲を見据えた。
自国の農業という「土台」と、影の貿易という「武器」。
この二つを噛み合わせた孔明の国家経営が、今、三國最強の巨人・曹操を迎え撃つための巨大な牙となって、漢中の地へと突き進む。




