第百五十八話:沓中の黄昏、滅びの足音
第百五十八話:沓中の黄昏、滅びの足音
執筆:町田 由美
西暦263年、夏。
姜維は、沓中の荒野で自ら鍬を握っていた。成都では黄皓が「魏は攻めてこない」という神託を劉禅に信じ込ませ、防衛の訴えを全て握りつぶしていた。
「……先生、この国は、外からではなく内から崩れていくのですね」
姜維の傍らには、密偵の網を成都から沓中へと移した妻・諸葛氏、そして壮年となった「龍の孫」趙広がいた。
その時、地平線の彼方から、大地を揺るがす軍靴の音が響いた。
魏の司馬昭が放った、十八万の大軍。鍾会が主力として剣閣を指し、鄧艾が「道なき道」を行く。
(天の声:諸葛孔明)
「……来たか。仲達、お前の息子は、かつてお前が恐れて踏み出せなかった『蜀の深淵』へ、ついに土足で踏み込んできたぞ」
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……当然だ。昭はわしよりも果断よ。孔明、お前が愛したこの山河も、今日で終わりだ。姜維一人がどれだけ足掻こうと、十八万の津波を止める術などありはせん。……見ておれ、鄧艾が今、お前の姪が守る『影の防衛線』さえも踏みにじって進むぞ!」
姜維は即座に立ち上がった。
「趙広、夏侯覇殿の遺児たちを連れ、剣閣へ急げ! 私はここで鄧艾を食い止める。妻よ、お前は……」
「伯約様、私はどこへも行きません」
諸葛氏は、かつて夏侯の妹から贈られた白錦を、今は防具の上に固く結びつけた。
「成都が我らを見捨てても、私たちがこの国を見捨てることはありません。大叔父様の志は、この沓中の土一粒一粒に宿っているのですから」
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……ふん、愚かな。滅びの美学など、わしは一番嫌いなのだ。……おい、鄧艾! 相手はたった数千だ。一気に踏み潰せ! 迷うな!」
(天の声:諸葛孔明)
「……仲達よ。お前は最後まで『魂の重さ』を計算に入れぬな。……伯約、そして我が姪よ。お前たちの命の灯火が、この闇夜を照らす最後の星となるだろう。……行け、我が子らよ!」
彼は迫り来る十八万の軍勢を前に、ただ一振りの剣を抜き放ち、静かに咆哮した。
「蜀漢の麒麟、ここにあり! 誰一人、この沓中を通り抜けることは許さぬッ!!」




