第百五十四話:寿春の落日、諸葛の魂
第百五十四話:寿春の落日、諸葛の魂
執筆:町田 由美
西暦258年、春。魏の寿春城がついに陥落。
諸葛誕は城を脱出しようとするも、司馬昭の軍に捕らえられ、その首を跳ねられた。彼に付き従った数百人の部下たちは、「諸葛公のために死ぬことは本望である」と叫び、一人も降伏せずに斬られたという――。
この報が、芒水で鄧艾と対峙していた姜維の陣営に届いた。
姜維は、机を叩き割り、声を上げて慟哭した。だが、最も深い静寂の中にいたのは、叔父を失った妻・諸葛氏であった。
「……数百人の部下が、叔父上と共に逝ったのですね。諸葛の誇りは、魏の地でも枯れてはいなかった」
彼女は、叔父からかつて贈られた古い数珠を握りしめ、冷徹なまでの闘志を瞳に宿した。
「伯約様。悲しんでいる時間はありません。司馬昭がこちらへ牙を向ける前に、鄧艾の『鉄壁』を、叔父上の弔い合戦として粉砕しましょう」
姜維は、全軍に白の鉢巻を締めさせた。
「全軍、突撃! 諸葛誕殿の魂が、我らを見守っておられるぞ!」
(天の声:諸葛孔明)
「……誕よ。よくぞ最後まで戦い抜いた。お前の死は無駄ではない。その執念が、今、伯約と姪の中に宿った」
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……フン、玉砕か。相変わらずお前の一族は、美学ばかりを重んじて効率が悪いわ。昭よ、見事だ。これで東の憂いは消えた。……だが、おい! 鄧艾! 何をしておる! 姜維の動きが、さっきまでとは別人ではないか!」
姜維の攻撃は、これまでの冷静な兵法を超え、鬼気迫る「剛」の武勇へと変貌していた。趙の若武者もまた、祖父・趙雲の長坂坡での勇姿を彷彿とさせる一騎当千の働きを見せ、魏の将軍・王真を突き殺す。
鄧艾は、その怒涛の勢いに「ひ、ひ、火を放て! 陣を下げろ!」と、うろたえながら退却を余儀なくされた。
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……ええい、鄧艾! 滑った次は逃げるのか! わしが死後の世界でどれだけ恥をかけば気が済むのだ! 孔明、笑うなと言っておろうが!」
(天の声:諸葛孔明)
「……笑わずにはいられまい、仲達。知略で勝てぬなら魂で勝つ。それが、お前が最後まで理解できなかった『人心』の力だ」
戦場を紅く染める夕日。
姜維と妻は、勝利の雄叫びの中で、遥か東の空に向かって静かに礼をした。
「叔父上、見ておられましたか。……諸葛の旗は、まだ折れておりません」




