第百五十二話:段谷の惨劇、崩れ去る連環
第百五十二話:段谷の惨劇、崩れ去る連環
執筆:町田 由美
西暦256年、夏。
姜維は、蜀漢の軍権を一身に担う「大将軍」に就任した。その威を駆り、彼は鎮西将軍・胡済と上邽にて合流し、魏の急所を突く壮大な挟撃作戦を企図する。
だが、運命は非情であった。
姜維が段谷の険しき谷合に差し掛かった時、そこに待ち受けていたのは、合流すべき味方ではなく、姜維の動きを完全に読み切った鄧艾の精鋭であった。
「……は、はまったか。胡済は何をしている!」
胡済の軍は一向に現れず、孤立無援となった姜維軍は、四方から降り注ぐ魏軍の矢の雨に晒された。蜀の将兵は次々と倒れ、かつてない大敗の予感が戦場を支配した。
(天の声:諸葛孔明)
「……伯約! なぜだ……なぜこれほどまでに連携が乱れた! 胡済との約束を、魏の工作が引き裂いたのか……」
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……カカカ! 連携? 信頼? そんな不確かなものに軍の命運を預けるからこうなる。孔明、お前の弟子は『大将軍』という重荷に目が眩んだな。鄧艾め、よくぞ読み切った。わしの教え通り、敵の心の隙間を突いたわ!」
「大将軍、ここは私が防ぎます! 早くお逃げください!」
趙の若武者が、血まみれになりながら銀槍を振るう。だが、鄧艾の猛攻は止まらない。
その時、混乱する戦場の影から、一筋の煙が上がった。妻・諸葛氏が放った「緊急撤退」の合図であった。彼女の密偵たちが、命を懸けて唯一の逃げ道を切り開いていたのである。
「……伯約様、生きてください! 生きていれば、必ず……!」
彼女自身も剣を抜き、迫り来る魏の伏兵を必死に退ける。密偵教育を受けたその身体は、もはや戦士そのものであった。
結果は惨敗。蜀の将兵の遺体は谷を埋め、姜維は自ら責任を取り、「後将軍」への降格を申し出ることになる。長安への夢は、血に濡れた段谷の土に深く埋もれた。
(チャチャ入れ:司馬懿)
「……終わったな、孔明。これで蜀の屋台骨は折れた。姜維の威信は地に落ち、成都のあの宦官どもが、今度こそ奴を食い尽くすだろうよ」
(天の声:諸葛孔明)
「……黙れ、仲達。伯約は……伯約はまだ死んでおらぬ。……姪よ、彼を、彼を支えてやってくれ……」
敗残の兵を率い、漢中へ戻る彼の目には、絶望ではなく、己の傲慢さを打ち砕かれた後の、より深く、静かな決意の炎が宿っていた。




