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『諸葛孔明 星辰の理(ことわり)』  作者: velvetcondor guild


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第十一話:三問の試練(一)

第十一話:三問の試練(一)


執筆:町田 由美


 外の豪雨が廃廟の屋根を叩く音は、まるで巨大な太鼓を乱打しているかのようだった。

 老人は、泥に汚れた指で自身の顎をさすり、一つ目の問いを投げかけた。

 

 「第一の問いだ。……若造。お前はこの雨の中、一人でこの廟に辿り着いた。だが、もしお前が背負っているその弟が、お前の足を止め、共倒れになることが明白だとしたら、お前はどうする。……弟を捨てて、お前一人で生き延び、叔父の遺志を継ぐか。それとも、弟と共にここで泥に還るか。……どちらが『理』だ?」

 

 沈黙が、雨音よりも重く私にのしかかった。

 きんの熱い指が、私の掌の中で微かに動く。

 

 叔父上なら、なんと答えただろうか。

 叔父上は、自らの魂を汚してまで、私たちを救った。

 だが、その叔父上は今、冷たい土の下にいる。

 一人が生き残るために、もう一人が死ぬ。それはこの乱世において、あまりにもありふれた、合理という名の残酷な選択だ。

 

 私は、均の寝顔を見つめた。

 泥だらけの頬、苦しげに歪んだ唇。

 この弟を捨てれば、私は身軽になれる。

 叔父上の印綬を抱え、劉表様の元へ辿り着き、いつか天下に名を成すこともできるだろう。

 それが、最も「効率的」な生き方だ。

 

 「……答えは、決まっている」

 

 私は、ゆっくりと顔を上げた。

 老人の濁った瞳が、私の言葉を逃さぬよう、じっと私を射抜いている。

 

 「私は、弟と共にここに留まる。……だが、共に死ぬことは選ばない」

 

 「ほう? 死を避けられぬ状況で、共に留まり、かつ死なぬ。……それは、ただの願望ではないか?」

 

 「違う」

 

 私は自分の声を、意志の力で研ぎ澄ませた。

 

 「一人で生き残ることに、何の『理』がある。……家族一人の命も救えぬ者に、天下の理を語る資格などない。……もし、弟を捨てて私が生き延びたとしても、その瞬間に私の心の中の『法』は永遠に死ぬ。……法なき私が天下を治めたところで、それは曹操という破壊者と何が違うのだ」

 

 老人の口元が、微かに歪んだ。

 

 「……私は、私を殺さない。……弟を救うために、あらゆる知略を尽くし、あらゆる手段を講じる。……もし天が、それでも弟を奪うというのなら、私はその天の理こそが間違っていると断じ、天そのものを書き換える。……それが、私の選ぶ『道』だ」

 

 私の言葉が終わると同時に、廟の天井から漏れた一滴の雨水が、均の額に落ちた。

 均が小さく身悶えし、熱にうなされながら私の名を呼んだ。

 

 老人は、低く、腹の底から響くような笑い声を上げた。

 

 「……くくく。……天を書き換える、か。……傲慢。あまりにも傲慢。……だが、その傲慢さこそが、人の世を動かす毒となる。……若造、一つ目は合格だ。……お前は、己の『情』を『理』で正当化してみせた。……それが権力者の第一歩よ」

 

 老人は瓢箪を傾け、最後の一滴を飲み干すと、二つ目の問いのために身を乗り出した。

 

 「では、第二の問いだ。……もしお前が、一万人を救うために、一人の無実の者を殺さねばならぬとしたら、お前はどうする。……一人の命は、一万人の命よりも重いか? それとも、数は正義か?」

 

 雨脚はますます強まり、廟の周囲は完全な闇に包まれていた。

 私は、自分が今、これまでの人生で学んだどの学問よりも過酷な、実戦の教壇に立たされていることを理解した。

 

 (一人の命と、一万人の命……)

 

 その問いの重さに、私は膝の震えを必死に抑えた。

 叔父上なら……。

 いや、叔父上のことは、もう考えない。

 

 私は、私自身の言葉を探し始めた。

 泥と、血と、絶望の味を知った、十三歳の私だけの答えを。



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