第 百七話:龍の遺志、蜀帝即位の儀
第 百七話:龍の遺志、蜀帝即位の儀
執筆:町田 由美
西暦223年、五月。白帝城から我が君の棺と共に成都へ戻った私は、休む間もなく政庁へと入り、諸将を集めた。
私の顔からは笑みが消え、その眼光は冬の月のように冴え渡っていた。
「皆、聞け。……我が君は最期まで『自分は漢の臣である』と仰り、帝位を拒み続けられた。その高潔な志は、永遠に我らの胸に刻まれる。……だが、今、中原では曹丕が偽りの帝を称し、天下は乱れている。……我らが主君の遺志を継ぎ、漢の正統を守るためには、阿斗様が帝位に就くことこそが、唯一の道である!」
私は、古参の重臣たち、そして関興や張苞ら若き将たちを見渡した。
「趙雲殿、あなたは宮中の警護を。魏延殿、あなたは漢中の防衛をさらに固めよ。……そして、しきたりは古の礼法に則り、一切の妥協を許さぬ。……これは単なる形式ではない。……我らが『漢』そのものであることを、天下に示す戦いなのだ」
私は自ら、即位のための編成表を書き上げた。
| 役職 | 担当者 | 任務 |
| 宮中警備総裁 | 趙雲(子龍) | 皇帝の身辺警護および成都の治安維持 |
| 儀礼司 | 諸葛亮(孔明) | 即位のしきたり、祭壇の設営、布告文の起草 |
| 前線都督 | 魏延(文長) | 北方の魏に対する警戒と防衛線の再編 |
| 近衛隊長 | 関興、張苞 | 皇帝直属の親衛隊の統率 |
成都の祭壇の前で、阿斗(劉禅)**様が、重い皇帝の冠を戴こうとしていた。
かつて長坂坡で泥にまみれていた赤子が、今、蜀の運命を背負う若き龍として私の前に立っている。
「……丞相(父上)。……私は、父上のようになれるでしょうか」
震える阿斗様の声に、私は静かに頭を垂れた。
「陛下。……あなたが劉備様のようになろうとする必要はございませぬ。……あなたは、陛下として、この成都の地にどっしりと座しておられればよい。……その歩むべき道は、この私が、この命に代えて切り拓きます」
即位の儀が終わり、私は独り、夜の政庁で羽扇を置いた。
我が君が最後まで拒んだ「帝」の名を、私はその息子に負わせた。それは、蜀という国を一つの家族として繋ぎ止めるための、冷徹なまでの計略でもあった。
「……我が君。……見ておられますか。……あなたの息子が、今、龍の座に就きました。……これから私は、この若き龍を、天下の主へと育て上げます。……かつてあなたが私に託した、あの桃園の夢の続きを、この成都から始めます」
彼は、新しい皇帝の背後に立つ「父」として、そして蜀漢という国家の「心臓」として、一人で全てを背負う覚悟を固めた。
だが、即位の熱狂も束の間、南の国境からは異民族の叛乱の火の手が、そして北からは曹丕の大軍が、新生・蜀漢を飲み込もうと牙を剥いていた。




