表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『諸葛孔明 星辰の理(ことわり)』  作者: velvetcondor guild


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/161

第百一話:英雄の挽歌、洛陽に舞う白き雪

第百一話:英雄の挽歌、洛陽に舞う白き雪


執筆:町田 由美


 西暦220年、初頭。洛陽の城内に、冷たい風が吹き抜けていた。

 魏の王・曹操のもとに、呉の孫権から一つの箱が届けられた。中に入っていたのは、塩漬けにされた関羽雲長の首であった。

 孫権の狙いは明白だ。「関羽を殺したのは我らだが、その首を魏に送ることで、劉備の復讐の矛先を曹操へ向けさせる」という姑息な責任転嫁である。

 だが、六十五歳となった曹操は、その箱を開けた瞬間、周囲が息を呑むほどの沈黙に陥った。

 「……雲長。ついに、このような形での再会となったか」

 曹操は、箱の中の首に向かって、まるで生きている友に語りかけるように呟いた。

 「かつて私のもとを去る時、貴公は『義』のために死ぬと言ったな。……見事だ。だが、惜しい。貴公を失ったこの世界は、あまりに退屈で、あまりに狭すぎる」

 曹操は、孫権の目論見を逆手に取るかのように、臣下たちの反対を押し切って宣言した。

 「関羽を『一国の王』の礼をもって葬る。沈香の木で胴体を彫り、王の衣を纏わせよ。洛陽の全臣民に喪に服すことを命じる!」

 同じ頃、成都。

 私は、密偵一号がもたらした洛陽の葬儀の様子を聞き、夜の静寂の中で一人、香を焚いていた。

 「……曹操殿。……あなたはやはり、誰よりも雲長殿を理解していたのだな。……敵として討ちながらも、その魂を最も高く評価していた」

 私の隣では、妻・月英が白装束を纏い、静かに涙を拭っていた。

 「孔明様。……呉の孫権殿は、関羽殿を『障害』として殺しました。けれど曹操殿は、彼を『英雄』として送った。……この差が、これからの天下の形を決めるのかもしれません」

 「……ええ。だが、成都の王(劉備)は、そのどちらの解釈も受け入れられない。……将軍にとって、雲長殿は英雄でも障害でもない。……自分の一部、魂そのものだったのだから」

 私は、影の貿易で得た最高級の絹を、供養のために切り裂いた。

 洛陽で行われている盛大な葬儀。それは曹操なりの敬意であったが、同時に成都の劉備にとっては「最愛の弟を晒し者にされた」という、さらなる怒りの燃料となった。

 「……密偵一号よ。曹操の健康状態はどうだ」

 「……芳しくありません。関羽将軍の死に触れてから、頭痛が悪化し、寝込む日が増えているとのこと」

 私は、予感していた。

 関羽という巨星が落ちたことで、連鎖するように曹操という太陽もまた、沈もうとしている。一つの時代が終わり、血を洗うような「復讐の時代」が幕を開けようとしている。

 「……子龍殿。……全軍に告げなさい。……喪に服す期間は終わった。……これからは、涙を鋼に変える時だ。……だが、その刃をどこに向けるべきか、私はまだ、王を説得せねばならない」

 

 彼は洛陽の空に舞う葬儀の煙を思い浮かべながら、手にした羽扇を強く握りしめた。

 軍神の死が、三國の均衡を粉々に砕き、冷徹な理性を、狂気じみた情念へと塗り替えていく。

 西暦220年。

 曹操による盛大な葬儀が終わる頃、中原には雪が降り始めた。

 それは、英雄たちの時代の終わりと、果てしない冬の訪れを告げる白き弔いの雪であった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ