馬鹿蛙は今も信じている
馬鹿蛙と呼ばれる男がいた。
馴染みの酒場でゲコゲコと鳴き、嗤われながらお情けでもらうお捻りと、酔っぱらいのつまみの残ります生計を立ていきながらえていた。
昔は一国の王というのは、言いすぎにしても名のある大きな店の商人だったという。
その頃は尊大でニキビの顔をニマニマとさせながら、成功者という自負をもっていた。
そんな男は何をやっていたのか。
有名な英雄の話をコミカルに時にシリアスに演じる劇団のお土産の中古品の販売である。
お遊びに使えるように、簡易的なものではあるが装飾もよくできており、魔法も仕込まれて音がなったり光ったりするもう使わない小道具や衣装を伝で流してもらってそれを地方で売ると言うことをやっていた。
彼の売り方は、劇を知らない地方の子供たちに、派手に見えるように劇の一部を再現しながら、中々の売り上げをもっていた。
商売としては伝で仕入れて、商品の価値を魅せて高く売るという、全うであり、才覚のあるものならそこで満足すべきところだった。
しかし、男は満足しなかった。
もっと売りたい。
もっと儲けてチヤホヤされたい。
中々良いお酒と程ほどの良い夜の女達のいるステージは、男に深い深淵を魅せたのだ。
そして、その深淵に煌めくような、星の一片は、男があたかも楽に掴めそうな距離でまばゆく光る。
その光は、男を包んだ。
いや、それは違う。
男は光をつかんだのではない、煌めく光は自身であり、自信の現れだと男は確信した。
天から与えられた自らの光に気づいたのだ。
才あるからこそ、周りが苦しそうにしている。
だってこんなにも簡単なことなのだ。
理解できないのは、努力が足りない。
もっといってしまえば階位が違う。
血よりもなおも深い魂。
貴き魂をもち賢き人であると自覚した。
それならばなおいっそのこと凡夫に歩み寄らねばならない。
面倒ではあるが、それは仕方ない。
こちらの意図が伝わらないのであれば、商売にもならないし、なおのこと凄さが伝わらない。
男はそう雄弁に語る。
こちらが歩み寄らねば理解することもできない。
お客には自分の素晴らしさとこの自分の立場を理解し敬って貰いたかった。
自分が書いた演劇でもないのに、理解できた考察をくまなく教えてあげた。
裏事情通ぶれば売れ行きが上がる。
脚本家の出来の悪さをあげつらいながら、少しばかり物語を組み直すことをアドバイスしたから良くなったと吹聴した。
劇の出来が悪いと思えば、抗議しに行った。
このままでは自分の取り扱っている中古品にすら、売れ行きが及ぶからこれは正当な怒りだと頑固な職人のようにぶつけっていった。
男の語る武勇伝は華美に彩られていく。
男が一夜毎に女に聞かせる物語。
そして、只の商人であった男は
いつの間にか男のなかで有名な脚本家であり、一流の商人となっていた。
男はそれが自慢だった。
しかしながら、世間は男の才能をあるときから褒め称えなくなった。
持て囃していた有象無象はどこへ行ったのか?
女も離れるようになったのはいつの日か?
酒どころか一食さえ危うくなったのはいつの日か?
自分はこんなにも今なお才能に溢れ光っているのに。
周りの目が曇り始めたのはいつの日か?
あぁきっと きっと
この才能を曇らせたいものたち。
凡夫どもの仕業であろうよ。
月や太陽を隠すようにあの曇った湿ったものたちは、光るものに群がる。
金糸雀のように女神のような女の前で鳴いているはずだったのに、まるで沼で滑稽に鳴く蛙にされてしまっている。
男は そう不満を漏らした。
慕ったものはされど、男は今なお自分の才能を信じている。
男には才能はあった。
確かにあったのだ。
一つの店を男の人生と共に終えれる程度にはあったのだ。
ただ、一流の商人である才能はなかった。
劇にくちをだせるほどの、文才もなかった。
光るほどの煌めく才能などなかった。
凡夫の書く数多のありふれて滅ぶありきたりの物語。
その物語の幕引きすら出来ぬ 男の物語は男が自分の煌めく才能を信じる限り続いていく。