第三話「その他大勢、だけど」
春の始まりって、なんであんなに空気がうすら寒いんだろう。中学最後の面談の日、校舎の渡り廊下はまだ冬の匂いが残ってた。
「……なあ、大地。お前、将来何になりたいんだ?」
先生にそう聞かれた時、
俺はなんて答えたか、正直覚えてない。
たぶん、適当なことを言ったと思う。父さんが言いそうな職業か、教師とか、無難なやつ。
だって本当に、何もなかったから。
勉強は得意だったけど、それだけ。
スポーツができるってわけでもない。
周りのやつらが部活で汗流してる中、俺は図書室でぼーっとしてた。
……いや、ぼーっとしてたっていうと語弊があるか。
たぶん俺は、「何か」をずっと探してたんだと思う。
やりたいこととか、夢とか、熱くなれる何か。
でも、それが何なのかがずっと分からなかった。
暇な時間はずっとゲームか、スマホで漫画を読んでたし、
体育祭で盛り上がるタイプでもなく。
SNSもやってないし、恋人もいない。
自分でも思う。
――俺、影うすくね?
うすすぎて、生春巻きだったらきゅうりも包めねぇよ。
……とか思っても、笑えるのは自分だけ。
そんな俺が、なんでこの辺で、一番偏差値が高い進学校なんかに来たのかって?
一番は、親の期待。あと、勉強しか取り柄がないって思ってたから。
だけど、その取り柄もいまじゃ役に立たない。
「92位って、そんなに悪いか……?」
いや、悪い。わかってる。
この学校で“平均”って、それだけで空気みたいなもんだ。
目立つこともなければ、褒められることもない。
ただ黙って消えていくだけの、普通の数字。
上には上がいすぎるんだ。
ここの連中、みんな毎日塾通い、家庭教師あり、勉強が趣味、みたいな奴ばっかり。
授業聞いてれば理解できる、なんて簡単な時代じゃない。
だから、ここでもやっぱり俺は「その他大勢」だった。
そんな俺の前に、ある日突然現れたのが――
AI、ルナだった。
最初に会ったとき、正直思った。
(うわ、絶対ウザいやつじゃん……)
みんなの前で目立って、なんでも知ってます、みたいな顔してやがる。
それに急に、俺の専属サポートなんて····なにがなんだかまったくわからない。
だいたいにして、俺は自分の目標を人に話したことはない。
邪魔されたくないし、
誰かに言ったら、お前には無理だって言われるのがオチだ。
だからいつも、受験の時も、俺は一人で決めて、一人で達成してきた。
ただ一度だけ······気まぐれに、ショッピングセンターの7月の七夕のイベント、
『笹の葉に願い事を飾ろう!』のコーナーで、書いて貼っつけたんだ。
その時の、笹の葉が綺麗だったから、スマホに写真で撮った。
·····って、もしかして、
「スマホの中身、ハッキングされてる····?」
いやいや、そんなことまさか、学校にくるような教育型AIがするはずないよな。
でも、あいつは確かに「分析の結果」だと言った。もしかしてほんとに、覗かれてたら····?
「あぁ、くそ!勝手に見るな!人の中身っっ。」
ベッドの上で一人、ジタバタする。
頭に上る熱を感じながら、思った。
あいつ、なんなんだ?
本気で言ってるのか?
考えれば考えるほどわからなくなっていく。
とにかく、明日も学校だ。今日はもう寝ないと。