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第6話 中世の宿

「リョタローさん。起きて下さい、リョタローさん」

「はい、終わりましたか?」


 俺はぱちりと目を開ける。エステルさんが戻ってきたようだ。

 先ほど疲労度をゼロにしたお陰か、眠気はすぐに消える。


「申し訳ありません、リョタローさん。ギルドマスターが、どうしてもリョタローさんから直接話を聞きたいと申しまして。恐れ入りますが、ご足労をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。かまいませんよ」


 本音を言えば面倒事は勘弁してほしい。だけど、こういう場合はどうせ拒否権など無いのだ。俺は本音を隠して、快く返事をした。


 彼女に案内されたのは、廊下の突き当りにある、ひときわ重厚で豪華な扉。

 エステルさんはノックをすることなくそのまま扉を開け、俺を中へと案内する。


「……ほぉ? 話には聞いていたが、すんごい格好だな」


 おそらく、部屋の中に立っている口ひげを伸ばした男がギルドマスターだろう。

 冒険者を束ねる身に相応しく、見るからに良い体格をしている。


「ギルドマスター、不躾ぶしつけですよ」

「いやぁ、すまんすまん。リョタローといったな、そのあたり適当に座ってくれ」


 マスターは諌めるエステルさんにひらひらと手を振ると、俺に座るよう促した。

 勧められるがままに腰を下ろした俺は、腰掛けたソファの柔らかさに驚く。応接間のように向かい合って置かれているこのソファは、ふかふかで恐ろしいほど沈み込む。


「手短に済ませよう。君に聞きたいことは二つだ。まずは、この魔石の魔物が死んでいる所に遭遇したというのは事実かということの確認。もう一つは、間違いなく他の魔物と争った形跡は無かったかということの確認だ。正直に答えて欲しい」


 室内に目をやれば、壁板も天井も一面が茶褐色の木材で覆われている。ぴかぴかに磨き上げられた木目は重厚感を通り越し、威圧感すら感じさせるものだ。家具や調度品も含めて、おそらく心理的な影響力を期待して揃えられたものだろう。


「いずれも、エステルさんにお話した内容が事実です。俺が確認したときには間違いなく魔物は死んでいましたし、他の魔物と争った形跡もありませんでした」


 ありがちなファンタジーのように、嘘を感知する魔道具やスキルがあっては叶わない。俺は、言葉を選びながら答える。


 ギルドマスターは、彼の執務机と思しき机を一瞥した。その上には先程エステルさんに渡した魔石が置かれ、隣には木箱から半分ほど姿を見せる、青い球体が置かれている。……あれか? あれがその魔道具なのか??


「なるほど、よく分かった。信じよう。そう言えば、君は冒険者に登録したのだったな? 最初は見習い級からか、ふむ……」


 男は室内を歩きながら、落ち着かない様子で手で髭に触れる。


「もし、これから君に出す依頼を受けてくれるのなら、君の位階を一つ進め、黒鉄くろがね級から冒険者生活を始められるよう取り計らおう。どうだ?」

「どうだも何も、依頼の内容次第です」

「ふむふむ。聞いてくれる気はあるのだな!」


 髭を弄るのをやめ、こちらに向き直るギルドマスター。俺も首を回して、彼の顔を見返した。


「依頼というのは、調査隊の案内だ。君が見つけた死体の所に、ギルドの調査団を送り込みたい。どうだ?」

「どうだと言われましても……」


 普通に困る。あそこに死体があることは間違いないが、首が吹き飛んでいるのが見つかったら尋常な死に様ではないとすぐバレる。鳥や獣に食われて原形を失えば大丈夫だろうが、一朝一夕(いっちょういっせき)では無理だ。


「正直、難しいかと。俺は森を彷徨さまよっていましたので、正確な場所というのが分かりません。途中で川に出てからは川沿いに進みましたが、今から逆に進んで元の場所に戻れるとは思えません」


 ギルドマスターは、再度執務机に視線を向けた。青い球体を一瞥する。


「そうか、受けては貰えないか」

「はい。申し訳ありませんが……」

「いや、構わない。そうだ、魔石の買取価格についても話し合おうじゃないか」


 その言葉にエステルさんが頷き、執務机から持ってきた魔石をソファーの前のテーブルに置く。ギルドマスターは俺に向かい合う位置に、どかりと腰を下ろした。


「それじゃあ、価格交渉といこうか!」


 よほど買い叩く自信があるのか、不適な笑みを顔に浮かべるギルドマスター。


「いいですね。じゃあ、俺の交渉代理人はエステルさんにお願いします。お詳しいそうですので」

「はい。お任せ下さい」


 にっこりと笑うエステルさん。

 ギルドマスターの笑みは崩れ、しょぼくれた表情が顔に浮かんだ。




   *   *   *




「大変お待たせ致しました。それでは、こちらが魔石の買い取り金額から冒険者ギルドの登録料を差し引いた、四十一ヴェライン十七フィリアルになります。」


 ヴェラインやフィリアル。それはさっきも少し耳にした単語。


「リョタロー様は冒険者としてギルドに加入されましたので、個人口座が利用できます。買い取り金額の一部は口座に入金致しますか?」


 どうやら貨幣の単位らしい。だけど……どうしよう、さっぱり分からない。


「……その前に、すみません。この国の貨幣について、一通り教えて頂いても良いでしょうか。実は大金を目にしたことがなくてですね……」


 俺の言い訳を真に受けたのか、エステルさんは途端に悲しそうな顔になる。


「もちろんです、リョタロー様。ウルフバン王国の通貨体型は少し複雑ですが、きっとご理解頂けるはずです」


 ウルフバン王国、というのはこの国の名前か。

 使命感を帯びた表情で語るエステルさんに、ちょっぴり罪悪感が湧いた。


 彼女は自分の財布から二種類の銅貨を取り出し、積まれた買い取り報酬の隣に並べる。おそらく、現物があればわかりやすいだろうとの配慮だ。彼女はこの国の貨幣について説明を始めるが、これがなかなかにややこしい。

 

 曰く、この国の基本となる貨幣は金貨ヴェライン銀貨フィリアル銅貨アウリウスの三種類。これに、補助貨幣である大銅貨(10アウリウス)を加えた四種類が、この国で流通する貨幣である。

 換算価値は金貨一枚が銀貨二十枚で、銀貨一枚は大銅貨十二枚。さらに大銅貨一枚は小銅貨十枚の価値となっていて、もう訳が分からない。


 覚えてるうちにスマホにメモを取っておかないと、すぐに忘れてしまいそうだ。


 話の途中で物価について尋ねた限りは、金貨一枚の価値は二十万円ほどといったところ。なら、四十一枚もあっても困るだけだな。


 俺は報酬の大半を口座に預けることを決め、エステルさんに何度も礼を言いながらギルドを後にした。


 金も出来たことだし、次は服と雑貨、そして……、宿探しだ。




   *   *   *




 夕日が空を赤く染め、家路を急ぐ人々で通りが賑やかになってきた頃。


 異世界らしい見た目の古着に袖を通した俺は、宿の一室でのんびり寛いでいた。


 "cheat(チート)"能力で運値を高めた陰か、適当に入った雑貨店は思いの外品揃えが良く。店番の少女の勧めるままに、俺は様々な物を購入している。


「ロゼッタ雑貨店、覚えておくか。店番の娘も可愛かったし……」


 鞄や財布、道具や靴に至るまでこの世界のもので揃えた俺は、今やすっかり冒険者らしい出で立ちだ。


「しかし何ていうか、異世界の初日は本当激動って感じだったな」


 思い出すのは、異世界にやってきてからの様々なこと。

 "cheat(チート)"能力を検証して、森を抜けて、街で冒険者登録をしただけだが、大冒険をした後のような充実感と疲労感が身体からだを包んでいる。


 椅子に座って天井を見上げれば、そこにあるのはむき出しのはりと板張りの天井。壁には小ぶりの窓が設けられており、鎧戸が開け放たれた今は、夕暮れ時のオレンジの光が室内を照らしている。


「中世だなぁ……」


 天井に電灯は無く、窓にはガラス窓も無い。

 現代とはまるで違う室内に、全く別の世界へとやって来たのだという実感がふつふつと湧いてくる。


 今はまだ、異世界へと足を踏み入れたことの興奮が大きい。だが、こちらでの生活にはいずれ慣れるだろう。そうなったら、日本での生活を懐かしく思う日が来るのだろうか。


 俺は日暮れまでの時間を頼んだお湯で体を拭くなどして過ごし、やがて宿の一階へと足を運んだ。

 そこは食堂になっていて、宿泊者以外の客もぽつぽつと入っている様子だ。


 食事代は宿代に含まれているとのことなので、俺は席に着き、ありがたく食事が出てくるのを待った。やがて、宿の女将が、大きな木の皿に乗ったワンプレートの料理を運んでくる。


「エールもすぐ持ってくるからね。異国の人の口に合うといいんだけど」


 恰幅の良い中年の女将はそう言ってにっこり笑い、ウインク。


「美味しそうです。いただきます」


 眼の前に置かれた皿には、迫力のある大きな肉塊と蒸した葉野菜、三切れの大きなパンが乗せられている。

 丸一日以上何も食べずに過ごした俺はすっかりハラペコで、がっつくように食事に取り掛かった。


 やがて木のカップに入ったエールが、テーブルにとんと置かれる。ほんのりと香草が香る甘酸っぱい味で、苦みはほぼ無い。

 飲み慣れない不思議な味の飲み物と、豪快で腹にたまる美味しい料理。

 この世界に来て始めての食事は、とても満足の行くものだった。


 気がつけば、いつの間にか壁際のランプには火が灯されている。

 食堂には雰囲気のある赤い光が満ち、人々は現代よりずっと暗い光の下で食事を楽しむ。

 その光景はどこか優しい温もりが感じられるもので、ノスタルジックな感情が思い起こされ、目に涙が滲んだ。


 食事を終えた俺は、食堂横のカウンターで火の付いたランプを受け取る。

 部屋へ戻ると、開けていた窓は鎧戸が閉められ、机の上には陶器の水差しとコップが置かれている。至れり尽くせりだ。


 腹が満たされた俺は、やがて心地よい眠気にいざなわれ。

 ランプの明かりを消し、ベッドに潜り込む。


 昼間に雑貨屋でランプの扱い方を教わっていて良かった――そんなことを考えながら、俺の意識は心安らぐ夢の世界へと旅立っていく。

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