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第3話 夜の森を往く

▼転生パートのあらすじ(1話と2話をスキップした方向け)


 女神のミスで前世を終わらされた俺は、異界の女神アンフィリアの謝罪を受け入れ、異世界へと転生することに。だが、その際に与えられたチート能力は、まるでゲームにおけるチート行為のように、ステータスの値を書き換えられる能力だった。


 力をさとった俺は早速、転生特典に貰った短剣の攻撃力を65535に書き換え、最弱だった自らのステータスをも書き換える。だが、攻撃力や防御力といった値を変えると筋肉量などに影響してしまうらしく、体型までもが変わってしまうようだ。


 攻撃力などを1000に設定したらスーパーサ◯ヤ人の如き肉体になることを確認した俺は、仕方なく、攻撃力などの値の書き換えは100に抑えることに決めた。

 夕陽はあっという間に沈んで、夜の森には闇が満ちる。

 枝葉の隙間から僅かな月明かりが差し込む中、俺はスマホのライトの放つ、はかなげな光を頼りに歩いていた。


「ヒィィィ……!! 何なんだよこの森は……、怖すぎるだろ!!」


 ビクビクしながら足を進めると、少し歩く度にバサバサと鳥の飛び立つ音や、ガサゴソと獣の動き回る音が聞こえてくる。

 気分はまるでVRのホラーゲームだが、これは現実である分余計に性分タチが悪い。


 空ではギャアギャアと不気味な鳥の声がこだまし、遠くの方からは狼の遠吠えが何度も何度も聞こえてきた。

 何というか、森それ自体に監視されているような感じで、不安からくる胸のざわめきが次第に強さを増していく。


 ステータスを上げたことによる根拠のない自信は、いずこかへと消え去り。

 恐怖がぞわりと背筋を撫で、膝ががくがくと震えた。


「あ、歩く判断をしたのは間違いだったかもしれん…………」


 思わず、そんなぼやきが漏れる。


 歩いて森を抜けようなどと思わず、どこか野営が出来そうな場所でも探していれば……。

 そんな後悔が身をさいなむが、夜の森を見渡しても、仮眠を取れる安全な場所など見つかる訳もない。ただ前へと進み続ける以外に道は無いのだ。

 

 自分の体をいだき、冷や汗をだらだらと垂らしながら進んでいた時だった。


 オ゛ォォォオ゛オ゛オオン!!


 突然、ずんと腹の底に響く咆哮が聞こえてきた。

 びりびりとした空気の振動が肌を震わせ、ギャアギャアと叫んでいた上空の鳴き声がぱたりと止む。咆哮の主の居所いどころはかなり近い。


「ハ、ハハ……」


 静寂があたりを包み込む中、無意識のうちに腹筋に力が入り、声にならない笑いが漏れた。人は本当に怖いと笑ってしまうのだということを、俺は初めて知った。


 これ以上歩くことを諦めた俺は、ぶるぶると震える手でスマホのライト消す。

 近くの茂みに身を隠し、どうかあの得体の知れない咆哮の主に見つからないようにと祈りながら、身をちぢこめた。


 10秒が経ち、20秒が経ち。やがて1分ほどが経過する。

 いつの間にか辺りには霧が立ち込め、静まり返った森の中で 、木の葉のざわめきだけが耳を打つ。


 胸の奥底の筋肉がぶるぶると震え、吹き出た冷や汗が風に吹かれてただただ寒い。


 がさり…… がさり……


 藪をかき分けながら、何かが近づいてくる。


 がさり…… がさり……


 音はすぐそばにまで近づき、それ(・・)が一歩足を進めるたびに、ずんという衝撃が地面から伝わってきた。

 フゥフゥと漏れる荒い息遣いとともに、時折鼻を鳴らす音まで聞こえてくる。


 ああ……まずい。


 足音は、俺のすぐ後ろで止まり。




 恐る恐る振り返ったそこには。




 二つの目を爛々と輝かせた、毛むくじゃらで巨大な何かが、月明かりに照らされて立っていた。


「グオ゛ォォォォォオオォオ゛オ゛オオオオオオン!!!!!!」

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 目の前で轟然と鳴動する、黒い巨体。

 それは、爆風とさえ錯覚するような巨大な咆哮。


 恐怖に耐えきれなくなった俺は、即座に攻撃力と防御力を9999に書き換え。

 巨大な影に向けて飛び出しざまに、それを力の限り殴りつけた。


 月明かりが枝葉を照らす夜の森に。

 大地を揺るがす強烈な振動と、耳をつんざく轟音が響き渡った。 




   *   *   *




「ハァ……ハァ……」


 ばくばくと早鐘のように鳴る心音が、耳元にうるさく響く。


「い、一体何だったんだよコイツは……」


 辺りに立ち込めるのは、むっとした獣臭と、そして濃厚な鉄の匂い。


 いつの間にか霧は晴れ、空からはギャアギャアという鳥の鳴き声が響く。

 悪夢から覚め、急に現実に戻ってきたような感覚。


 いつ落としたのか、地面に転がったスマホが自動で点灯している。

 拾い上げようとすると、儚げな画面の光が、真っ赤に染まった俺の腕を照らし出した。


「ヒィィィィイイイイイ!?」


 一体どういうことなのか、腕どころか半身が血みどろになっている。


「あーークソ、服が……ってあれ。服……服が無いぞ……」


 考える暇もなく、咄嗟に"cheat(チート)"で書き換えた能力値。


 限界を越えて肥大化した筋肉は、一瞬のうちに一張羅のスーツを引き裂いて弾き飛ばし。

 筋肉ダルマと化した俺は、夜の闇の中に素っ裸で佇んでいた。

 溜息をきながら、攻撃力と防御力を100に下げる。


 左手でスマホを操作してライトを点けると、眼の前に転がっていたモノが、仄暗い光の中に浮かび上がった。


 首から上を跡形もなく吹き飛ばされ、ぼろぼろの肉塊となって佇む、黒い毛皮を纏った何らかのけもの。あるいは、獣だったモノ。


 俺は恐る恐る亡骸なきがらに近づき、そっと手を触れる。

 ステータスを見るためには、対象に触れている必要があるためだ。


―*―*―*―*―*―*―*―

名:タイラントベア

称号:禍ツ森の主

HP:0/1115

MP:0/332

攻撃力:961

防御力:585

魔力:381

魔法防御力:163

敏捷性:145

運:-99


状態:死亡

―*―*―*―*―*―*―*―


「タイラントベア……てことは熊だったのか、これ。てか、まがツ森のヌシって…… 凄い名前の森だな……」


 けもの……もしくは魔物のステータスをよく見れば、「称号」なる項目が存在している。

 ということはコイツを倒した自分にも何かの称号が? と思い、改めて自分のステータスを見てみるも、残念ながら称号の項目は存在しなかった。


 人間には称号は存在しないのか、あるいは何らかの条件があるのか、それはよくわからない。だが、少なくとも今の自分には無い項目らしい。


 タイラントベアの肉塊の中で、何かがキラリと輝いた。ライトの明かりを反射しているらしく、スマホを近づけるとちかちかと光が明滅する。

 血と消化物のむわっとした匂いに耐えながら顔を寄せてみると、どうやら何か透明な宝石のようなものが埋もれているようだった。


「これは……定番なら、魔石ってヤツかな? 強い魔物の魔石は高く売れるってのがファンタジーの定石だが……」


 俺は、血で汚れたままの右手に目をやり――、


「……ええいクソ、こうなったらまた汚れるくらい一緒だ」


 肉塊の中へと、ずぷりと手を突っ込む。

 熱いほどの体温が残った、血みどろの肉塊。不快感に顔を歪めながらも、俺は何とか石を引きずり出した。

 指先から伝わる、何かの繊維がぷちぷちとちぎれる感触に、思わず奥歯を噛みしめる。


 手元に抱えたそれは、直径二十センチほどの、いびつな楕円形をした石。

 血を拭ってスマホのライトを当てると黒く半透明に輝き、虹色の光を帯びる。


「……とりあえず、これ持って森を彷徨さまようか」


 俺は弾け飛んだ衣服の中で比較的形を留めている布切れを探し、それを腰に巻きつけた。再利用できそうにない布切れで血みどろの半身を拭うと、ワイシャツの切れ端を使って、魔石や財布などを包む。


 バックルがぶっ壊れたベルトを布切れで結んで腰に巻き付けると、残った布切れと靴の破片を一箇所に集めて、手を合わせた。


「……ありがとう、靴とベルト併せて一式42,800円もしたビジネススーツ。新卒から二年以上、本当にお世話になりました」


 日本に居た頃の、様々な記憶が蘇ってくる。思えば、たかが衣服に何でそんな大金払わなきゃならないんだと憤ったものだが、身につけてみると意外と着心地が良く、仕事にも集中できた。


 だが、今の俺はもう異世界に居るのだ。


「早いとこ街でも村でも辿り着いて、異世界らしい服を買いたいな……」


 自分の心に区切りを付けた俺は、改めて夜の森へと足を踏み出す。

 上空でギャアギャアと不気味に鳴く鳥の声は、不思議と気にならなくなっていた。

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