第2話 チート能力
「『チート能力』じゃなくて、『"cheat"能力』か。……これって、もしかしなくても……。俺、最強なのでは?」
自然と頬が緩み、顔がにやける。
高難易度と恐れられたゲームでさえ、一瞬にしてヌルゲーに変える能力。
そんな力が、今、我が手に。
「くふ……くふ…… わははははははっ!!」
笑い出さずにいられる訳も無かった。
「ありがとう、神様……! ありがとう、アンフィリア様! 好きに生きていいって言ってくれたし、俺、この能力で最強を極めてチーレムでも目指すよ……!!」
周囲を見渡せば、一面に心安らぐ新緑の木々が生い茂り。
空を見上げれば、枝葉の向こうには青く澄み渡る大空が広がる。
豊かな自然に恵まれた、どことも知れぬ真昼の森に。
暫くの間、俺の笑いがこだました。
「……で。ここは一体どこなんだ?」
バラ色の未来を確信して一通りはしゃいだ後。
我に返った俺は、思わず真顔で呟く。
辺りを見渡しても、目に入るのは森の中の自然の風景のみ。
風に揺られて木々がざわめき、遠くのほうでゲキョキョ、と鳥らしき訳のわからない鳴き声が響く。
……途端に不安になってきた。
俺は、自分の体を見下ろす。
ネカフェで過ごしていたときと全く同じ、革靴を履いたスーツ姿。
異世界転移の特典なのか、腰のベルトにはさっき攻撃力を65535に上げたチートナイフが吊るされている。
俺はポケットから取り出したスマホに視線を向けた。
当然のように圏外。
バッテリーの残量もかなりまずい値だが、落ち浮いてステータスと念じてみる。
空中に出現するのは、半透明なウィンドウ。
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名:スマートフォン
バッテリー残量:22%
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駄目で元々とばかりに、この世界に来た時から何故か使い方の分かる"cheat"能力を発動し、
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名:スマートフォン
バッテリー残量:100%
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バッテリー残量の値を書き換える。……成功だ。
「……充電するエネルギーとか、どこから湧いてくるんだろうな?」
スマホの画面上でも100%になった電池残量を眺めていると、沸いてくるのはそんな当然の疑問。
だが、万能に思えた"cheat"能力も、残念ながら圏外をどうにかすることまではできないらしい。
「ま、カメラとライトを無限に使えると思えばそれで十分か……」
俺はそう独りごちると、今度は自分の肉体を意識してステータスの表示を念じた。
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名:冬月 涼太郎
HP:27/27
MP:14/14
攻撃力:18
防御力:15
魔力:3
魔法防御力:0
敏捷性:9
運:2
状態:健康
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「これは…… 強いのか弱いのか分からないけど、多分弱いんだろうなぁ……」
並ぶのは、見事に一桁とか二桁台前半の値ばかり。思わず溜息を吐きたくなるが、幸い俺には"cheat"能力がある。まだ慌てるような時間じゃない。
「レベルの表示が無いな。てことは、この世界はレベル制じゃない……? ……まさか、経験値とかスキルポイントも無いのか……?」
俺は、表示が増えるように祈りながら、再度自分のステータスを表示する。
ついでに、"cheat"能力も発動した。
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名:冬月 涼太郎
HP:27/27 [値変更]
MP:14/14 [値変更]
攻撃力:18 [値変更]
防御力:15 [値変更]
魔力:3 [値変更]
魔法防御力:0 [値変更]
敏捷性:9 [値変更]
運:2 [値変更]
状態:健康 [値変更]
年齢:24 [値変更]
性別:男 [値変更]
種族:トールマン [値変更]
[決定] [キャンセル]
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「……増えた。けど、やっぱりレベルは無いか……」
相変わらず、レベルや経験値といった値は表示されていない。その変わり、色々と面白そうな項目が追加されている。
年齢や性別、種族といった項目にまで[値変更]のボタンが表示されていることに、俺は少し驚いた。当たり前だが、ボタンが表示されるということは、その数値を弄ることができるということ。
「……こんなんもう性別から弄るに決まってんだろ」
俺は、「男」と書かれた性別の隣にある、[値変更]のボタンをタップする。何となく、本当に少しだけ、後ろめたいような気持ちを感じながら。
目を向けるのは、ポップアップした電卓型のウィンドウの、ディスプレイに当たる部分。そこには、現在の値が表示されている。
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値を入力して下さい(現在値:[01])
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[01]が男ということは、隣り合う[00]か[02]のどちらかが女ということだろう。俺はひとまず[02]の値を入力し、「決定」をタップする。
途端、何の前触れもなく、すとんと視線の位置が下がった。
目を下に向けると、視界に入るのはぶかぶかになった衣服と、その襟元から姿を覗かせる胸の谷間。
「おおっ!?」
性別が変わった明らかな証を前にして思わず声が漏れたが、
「おぉぉおっ!?!?」
その声が女性らしいのびやかなソプラノボイスになっていたことで、俺はさらに驚いて声を上げた。
「や、やばい! この"cheat"能力、マジでチートすぎる……! おふっ……♥」
襟元の隙間から手を入れて、胸元に出現した豊かな双丘の片方を揉みしだきながら、俺は叫ぶ。
頭の中の冷静な部分が何をやっているのだと呆れているが、別の部分は「TSしたら絶対にやるだろうが!」と叫び返している。俺の考えとしては、当然後者です。とりあえず、もう片方の双丘も揉みしだいておこう。
……結局、俺はそれから数時間ほど、森の中にただ一人でいる不安も忘れて「"cheat"能力」で出来ることの確認に勤しみ。
何が出来るかを一通り理解し、満足した頃には、空はすっかりと茜色に染まっていた。
「あっやべ…… こりゃ今夜は野宿か…?」
そう呟く俺のステータスは、今のところこんな感じ。
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名:冬月 涼太郎
HP:1000/1000
MP:1000/1000
攻撃力:100
防御力:100
魔力:1000
魔法防御力:1000
敏捷性:100
運:1000
状態:健康
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ほとんどのステータスの数値を大幅に向上させたことで、自分でも驚くほどの全能感が体を包んでいる。
だがそれでも、今の自分のステータス値がこの世界でどの程度のものなのかというのは分からない。まだ比較対象に出会えていないためだ。
ちなみに、攻撃力や防御力、敏捷性の数値が控えめなのは、これらの数値は人間としての見た目に影響するから。
どういうことかと言うとつまり、これらの数値を変えると筋肉量や体型が変わってしまうのだ。
全ての数値を抑えた今でこそ、何とかスーツが着れる程度の体躯に収まってはいるが、一度攻撃力と防御力を1000まで上げてみた時なんて酷かった。
地面に落ちていた黒光りする岩石を片手で握り潰し、空手チョップで太い木の幹をへし折る馬鹿力の代償として、ボディビルの世界王者でさえ裸足で逃げ出すレベルの筋肉ダルマへと進化してしまったのだ。
直前に女の体で服を脱いで色々していなければ、きっと俺のスーツはビリビリに裂け、永遠に失われていたことだろう。
ということで、数値1000は流石に人外が過ぎる。というか数値が100でも見た目が別人レベルのマッチョに変わるので、これらの値に関しては、安全な人里に辿り着いたら元の数値に下げるつもりでいた。
なお、元の数値はスマートフォンに記録しているので、忘れても安心だ。
俺は一瞬でスマホを充電できる「"cheat"能力」に感謝しつつ、スマホの心許ないライトで辺りを照らしながら、夕暮れの森を歩きだした。