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第19話 慟哭の乙女

 ――目の前に、白い光が満ちた。


 それは、まるで天から地へとほとばしる、光の奔流。


 夕刻の薄闇に慣れた瞳孔が焼かれ、思わず両手で目を覆う。


 光は10秒ほどで収まり、宵闇の這い寄る薄暗い世界が戻ってきた。


「う……うう……」


 眼の前から、うめき声。

 ……すわ、ゾンビか!?


 一瞬、びくりとした俺だったが。


「……ここは何処どこだ!? 戦況は、いったいどうなっている!?」


 墓穴はかあなからがばりと身を起こしたが、鋭い視線で俺を睨みつけていた。

 その姿は、全身の素肌を曝け出した、生まれたままの姿。

 無意識のうちに下に導かれそうになる視線を、鋼の意志でその顔に繋ぎ止める。


「なぜ黙っている!? 私はどうなったのだ? 敵中突破の最中から記憶が無い!橋を越えた敵はどうなったのだ!? スノーヒル卿は城に辿り着いたのか!?」 


 二十歳はたちほどの年頃に見える美しい相貌の女は、肩ほどまでの長さに切り揃えられた、あおみを帯びた銀髪を振り乱し。俺の両肩を掴んで、そう叫んだ。




   *   *   *




「……するとお前は、私は死の淵から蘇った亡者だと。我が領はとっくに滅びたと。そう言うのか?」


 俺の鞄から取り出した、だぼだぼの上下を纏った女が、そう尋ねる。


「……はい」


 途端、ばしりという音が響き、左頬にじぃんとした感触。

 防御力のお陰か、痛くはない。


「馬鹿にするな! 貴様! いったいここは何処なのだ! 今すぐにでも里に戻って防戦の指揮を取らねばならぬ! 私の剣と鎧を返せ! 即刻切り捨ててやる!」


 アイスブルーの瞳に怒りを浮かべながら、声を張り上げる女。


「……どう説明したら良いのか、俺もちょっと戸惑っているのですが。俺にはある力があって、それを貴方に試したら貴方が生き返った。それは事実です。……それに」


 釈明する俺を、女は厳しい視線で睨みつける。一応、話を聞く気はあるらしい。


「もう暗いのでよく見えないかも知れませんが。この場所に、どこか見覚えがあるのではありませんか?」


 俺は、火を付けて置いていたランタンを、彼女に手渡した。

 黙って受け取った彼女は、立ち上がって辺りを照らす。


 何か感じるところがあったらしく、きょろきょろと辺りを見渡す女。

 ハッとした表情で数歩前に進み、また違う方向に目を向けては数歩進む。


「馬鹿な…… 馬鹿な……」


 女は目に入る現実を拒否するかのように首を振りながら、幽鬼のようにふらふらと足を進めた。

 俺は黙って、彼女の動きを見つめる。


「まさか、ここは村の広場か……? セリエントは、陥落したのか……? ルヴェールの連中は、一体この村に何をしたのだ……!?」


 女は、今にも泣き出しそうな声で、絞り出すように呟く。

 その声のあまりの悲痛さに、涙腺がじんと熱を帯びた。


「……俺が知っている限りのことですが。このあたりを占領したルヴェールの軍勢は、勢いを駆って王都フォーシティアを目指し進撃。しかし、統戦卿とうせんきょうウィブリッジ大公が自ら率いた軍勢の逆撃を受け、ギルトフォードで壊滅しました。その後は追撃を受けつつ国境の向こうへと逃げ去り、今から半年ほど前には和約が成立しています。侵攻開始から四ヶ月後のことでした」


 敵国の名はルヴェール王国、そしてこの国はウルフバン王国。戦争に関することは、全てギルドで聞いたことの受け売りだ。


「……本当に、わが領は滅びたのか? お前、私を逃がすために嘘を付いているのではないのか? 本当はここで大声で叫べば、ルヴェールの兵隊どもが押し寄せてくるのだろう?」


 目に涙を浮かべつつも、どうしても信じられない、いや、信じたくないといった様子の彼女。


「……ではどうぞ、叫んでみて下さい。」


 俺は静かに、それだけを答えた。


 女は、躊躇なくすうっと息を吸い込む。


「ギャレン! レメディア!! どこに居る!!! 私はここだ!! クリスタルはここに居るぞ!!!」


 それは、彼方まで届くような声量の、とても美しい声。


「ディーン!! ウィルフレッド!!! 我が元に来い!! 郷土を守るため、命を賭して戦うのだ!!」


 そして、俺が彼女の部下だったなら、きっと心が奮い立たされたはずの、凛々しさに満ち溢れた声。


 彼女が叫んでから、一分が過ぎ。そして二分が過ぎ。

 やがて、彼女の心を支えていたものが砕けたのだろう。


 女はその場に崩れ落ちて、声を上げて泣き出した。


 正直、見ていられない。胸が締め付けられる思いで、俺まで泣けてくる。


 ……だけど。

 白骨死体から彼女を生き返らせることが出来たということは。

 ……遺体さえあれば、他の人達も復活させられるんだよな?




   *   *   *




「すまない、情けないところを見せた。それに……さっきは叩いて済まなかった」


 俺が淹れた甘湯――ハーブや薬草などを煎じた、ほんのりと甘い飲み物――のカップを手に、そう呟く女。

 泣き腫らした目をしているが、既に前向きの光をその目に宿している。


「気にしていませんよ。そう言えば、自己紹介もまだでしたね。俺は涼太郎りょうたろうといいます。今は、ボレスウォールの街で冒険者をしている身です」

「リ、リオ……すまない、何と?」

「リョタローでかまいません」

「あ、ああ。リョタロー」


 異世界の人たちは俺の名前が発音しづらいらしく、「リョタロー」あるいは「リオタッロ(・・・・・)」と発音する。リオタッロと呼ばれるよりは、リョタローの方が幾分マシだ。


「リョタローは知っているかも知れないが、私は、セリエント男爵、クリスタル・スターリッジ。聖賢男爵などと呼ばれ、持てはやされていたが……どうやら、自分の領地ひとつ守ることのできない無能であったらしい。笑ってくれ」


 自虐が過ぎる。城壁に囲まれた大きな街だったボレスウォールですら占領されたのだ。この村がどの程度の規模だったのかは知らないが、どうあがいても敗北以外の未来は無かっただろう。


「それで、リョタロー。お前は私を死の深淵から蘇えらせたと言ったが、それは一体どういう意味なのだ? あの侵攻から半年以上の時が経っていると言われても意味がわからない。……もしや、私は気を失うほどの重症を負ってお前に助けられ、ずっと匿われていたのか?」

「いや、そういう訳では。多分その瞬間を見せたほうが早いとは思うのですが、遺体がどこにあるか分かりませんからね……。夜中に白骨死体と対面したいとも思いませんし……」


 俺の答えにますます疑問を深めたのか、訳が分からないといった表情を作るクリスタル。


「俺の能力……いや、スキルかな……。とにかく、俺には特別な力があって、どうやら死体からその人を蘇らせることが出来るようなんです。試したのは貴方が始めてで、うまくいく保証もありませんでした。でも、結果として、貴方は生き返った」

「……? つまり、屍霊術しりょうじゅつということか? ……お前は、神殿正教がもっとも罪深く、万死に値する罪として禁じている屍霊術を使って私を蘇らせたのか? ああ、いや。怒っている訳ではないのだ。ただ、事実としてどうだったのかを知っておきたい」


 彼女は既に生き返った時のショックから立ち直り、現状を知って理解しようと努力している。「聖賢男爵」――そんな彼女の称号は、決して伊達ではないということだろう。


「正直に言います。屍霊術なのかは分かりません」

「……分からないとは?」

「そもそも、俺は屍霊術がどんなものなのかを知りません。知らない以上、自分の力が屍霊術によるものなのかどうか、答えることができません。」

「……そうか」


 俺の答えを聞き、クリスタルは目を閉じて頷いた。

 彼女はカップに口をつけ、俺も自分のカップから甘湯を飲む。


 少し経って、彼女が口を開いた。


「……実は私も、屍霊術などというものは、おとぎ話の中でしか聞いたことがない。当然、死んだ者が生き返る魔法など見たこともなければ、存在していると耳にしたこともない。……きっと私の前に居る男は、天がセリエントに遣わした聖人か、そうでなければ稀代の詐欺師なのだろう」

「……そうなのでしょうね」


 敢えて、否定はしない。


「いずれにせよ、全ては朝がくれば分かることだ。今は寝て英気を養わねば」

「……その、何もお出しする食べ物が無くて申し訳ない」

「構わんさ。籠城戦では食べ物が無い中何日も戦うことだってある。これが飲めるだけでも十分にありがたいことだ」


 そう言って、彼女はカップを傾けた。


 俺はボレスウォールを出てからずっと"cheat(チート)"能力頼みで歩いてきたので、食事の用意を一切していなかった。こんなことになるとは想像もできなかったとはいえ、彼女には本当に申し訳ない。せめて触れられれば、満腹値を弄れるんだが……。


「……おい、リョタローとやら」


 飲み終えたカップを俺に返しつつ、クリスタルが声を上げる。


「来い。お前から借りたこの服では、夜は冷える。責任を持って私を温めろ」


 …………痴女かな? てか頬が赤いですよ。視線も泳いでるし。

 しかし、彼女に触れるチャンスが到来か。だが……


「……あの、貴族の方は皆そんな感じなので?」

「なっ……ば、ば、馬鹿かっ! 状況を鑑みれば、私が差し出せる礼がこの身をおいて他に無いのが明らかだからだっ!」

「なら大丈夫。俺は紳士ですから。ですが、確かに夜は寒いかも知れませんね」


 俺は、鞄の中から厚手の帆布を取り出して渡した。

 雨が降ったりした時、体が濡れるのを防ぐための雨具だ。


「俺は別に寒くありませんので、どうぞ男爵がお使い下さい」

「だ、だ、男爵麗下(れいか)と呼べ…… 恩に着る……」


 か細く、消え入りそうな声での返事。しかも早口だ。

 彼女は帆布を身に纏うと、俺から数歩離れた所に座り込んだ。


 森の中で見つけた、見捨てられた廃村。

 ルヴェールの略奪で滅びた村の片隅で、二人の夜は更けていく。


 ……そういえば、異性と夜を過ごすのは、この異世界に来て始めてだ。

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