第17話 平穏
「……と、いうわけで、最後は白髪のおじいさんが助けに来てくれたのよ!」
甘湯――薬草とハーブを煮出した、香りが良くほんのりと甘い湯冷まし――のカップを手で抱えながら、興奮した様子で話すメリッサ。
その瞳は恋する乙女……というわけではないが、楽しい物語を読み終えたばかりの子ども、といった雰囲気。
「ああ……本当、手に汗握る大冒険だったわ! あんな結末になるんだったら、私また経験しても良いんだけど……!」
「また攫われたら困りますよ、メリッサさん。今回の件、元を辿ればあの念書を用意した俺にも責任の一端があります。本当にすみませんでした」
まさかメリッサが組織内の抗争の道具として拉致される、なんてことは想像もできなかったが、ならず者への対処にならず者を頼ったこと自体が間違いだったのだ。俺は同じ轍を踏むことのないよう、失敗を深く胸に刻み込む。
「何を言うの! リョタローに責任なんて無いわ! 責任があるとしたら、あの××××で×××××なランドンとかいうごろつきよ!」
「メリッサさん、女の子が使っちゃいけない言葉が漏れてますよ」
それにしても、眼の前でランドンが死んだにも関わらず、傷ついた様子がないというのは驚きだ。「ルヴェールの略奪を乗り越えた」というだけあって、本当にたくましい。
「そういえば、コリンさんって方、あの方実は良い人だったのね。私を助けに来てくれたのに剣で切られちゃって、可哀想なことをしたわ……」
「そうですねぇ……でも、今頃はきっと治療を終えてぴんぴんしてますよ」
「そう? だといんだけど……」
紛れもないごろつきのコリンだが、そう悪いやつでは無いという点に異論はない。ちなみに、剣で貫かれた傷はメリッサがくれていた魔法薬でほぼ傷跡を残さずに治療できた。
コリン曰く、「まだちょっと違和感があるが、数日動かせば馴染む」程度らしい。
「何にせよ、メリッサさんに怪我がなくて良かったですよ。メリッサさんが攫われたって聞いた時、俺ほんとどうしようかと思ったんですから」
「心配かけちゃったわね、リョタロー……。でも、この前リョタローが『灰燼の徒党』と話を付けてくるって出ていった時の私もそんな気持ちだったのよ? おあいこよ! おあいこ!」
しゅんとしたり、かと思えば頬を膨らませたり。
表情豊かなメリッサは、見ていて飽きない。
出会った頃の年齢以上にすれた感じの雰囲気はすっかり鳴りを潜め、最近は年相応に少女らしい姿を見せることが増えた。
「そういえば、助けに来てくれた人たちの中に、ハリーって呼ばれてた人が居たの。私、彼のことが気になるわ」
メリッサの口から出てきた「ハリー」という名前に、俺は思わずどきりとする。
まさか俺だとバレた訳ではないと思うが……
「紅炎槍を食らって顔が焦げる程度で済むなんて。普通だったら首から上が消えて無くなるような威力の魔法なのよ? 彼って一体何者なのかしら。あーもう、本当に気になるわ……」
どうやら、メリッサの言う「気になる」は、異性としてではなく、知的好奇心の方だったらしい。ほっとすると同時に、少し残念な思いもある。
「それにしても、リョタロー。私、もしかしたらあなたが助けに来てくれるんじゃないかって思ってたんだけど」
「あはは、流石に無理ですよ。今の俺ではコリンさんにすら手も足も出ません」
ステータス値を根拠にするなら、事実である。街にいるときの俺は、攻撃も防御も平凡なのだ。
「でも、もしまた同じようなことがあったとしたら……」
「あったとしたら?」
俺の言葉に、メリッサは真剣な目つきで身を乗り出す。
俺は言葉を溜めて、渾身のボケを放った。
「その時も、コリンさんたちにお任せしますよ」
「もう……馬鹿……」
待ってたのに……。――そんな声にならない呟きが聞こえたような気がして、俺は彼女の顔を見つめる。
その表情は、甘湯のカップに隠れて伺い知れない。
窓の外には空が青く広がり、僅かばかりの白雲が風に溶けるように流れていく。
吹き込んだ爽やかな風が、じっとりと熱を帯びた肌を優しく撫でた。
将軍の月――日本でいう8月は、まだ半分ほど残っている。
第二章「灰燼の徒党」 完
次回からは第三章、「救世主リョタロー」をお送りします。