第16話 決着
「て、てめぇっ! 覚悟しやがれ!!」
「フンッ」
「ぐわぁぁぁあ」
剣を抜いて飛びかかってきた男を、あっさりと殴り倒すコリン、もといトム。
床に落ちた剣が、がらんと音を立てる。
「く、く、くそったれぇぇぇ!!」
「危ないなぁ」
「ぎえぇぇぇえ」
ピストルのようなものを向けてきた男の懐に飛び込み、腕を捻って引き倒す俺。
床に落ちた銃がずどんと暴発し、壁に穴が空く。
俺達が歩いた後には、うめき声を上げるごろつきたちが、死屍累々と横たわっていた。
「さぁてハリー、残すはこの部屋だけだが……」
「…………ん、ああ」
そう言えば今の俺はハリーなんだった。自分の名前という意識がなく、つい反応が遅れる。
「開かねぇな」
「……そのようだな」
扉に近づいて取手をガチャガチャと回したトムが、率直な感想を述べた。
俺達は家中の部屋の扉をくまなく開けて回り、残っているのは二階の一番奥にある、この部屋のみ。
いかにも重厚な作りの両開きの扉は、まるで中ボスなんかが控えていそうな雰囲気だが、ボス戦が始まるどころか俺達が入ることさえ拒んでいる。
トムはしばし腕組みをして考えていたかと思うと、突然扉に背中を向け、スタスタと歩き始めた。
「おいおい、どこ行くんだ?」
「お前も付いてこい」
不思議に思った俺だが、素直に彼に続く。
廊下の端まで歩いたトムは、立ち止まって振り向いた。そして、
「……それじゃ、思い切り走って体当たりといこうぜ」
ニヤリと笑って、何でもないことのように言った。
「おらぁぁああああああああああああああ!!!!」
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺達は廊下に敷かれた絨毯を蹴り上げ、雄叫びを上げて疾走し。
突き出した肩に体重を乗せて、重厚そうな扉に突っ込む。
肩にどすんとくる衝撃とともに、ドカリという厚みのある音を立てて扉が外れた。
視界に入ってくるのは、部屋の中に並んでピストルを構える、四人の男たち。
「撃てぇええええ!!!」
スドドンと轟音が響いた。
内側に倒れた扉もろとも床の上を転がった俺達は、何も出来ずじっと身を縮め。
しかし、放たれた銃弾は俺達に何の危害を加えることもなく、いずこかへと飛び去る。
銃撃を外したことに気付いた彼らの顔に、驚愕が浮かんだ。
再起動は、トムの方が早かった。
「うぉぉぉおお!!!」
起き上がるや否や猛然と雄叫びを上げて突進し、その先に居るのは、ピストルを投げ捨て短剣を抜こうとする男たち。俺も慌てて、彼の後を追う。
トムはそのまま、両手を広げて男たちの中に飛び込んだ。
彼らのうち三人を巻き込んで、もつれ合ったまま床に倒れ込む。
一人残った男は、倒れたトムと俺、どちらを相手にするか迷った素振りを見せた。その隙に乗じて一気に近づき、無防備な頬に一撃を食らわせる。
俺は吹き飛んでいく男には目もくれず、トムと一塊になったまま、立ち上がろうともがいている男たちに向き直った。
「ま、待ってく――」
一人、また一人と。
メリッサを攫われた怒りを拳に込め、三人を確実に床に沈めていく。
「……おい、大丈夫か?」
男たちを無力化した俺は、床に転がったままのトムに声を掛けたのだが。
倒れ込んだ拍子に脱げたのか、トム……いやコリンの覆面は、床に落ちてしまっている。
「がァッ、クソ、痛ぇ!」
コリンの悲鳴に慌てて目を向ければ、その右手からは、腕を貫通した短剣が突き出していた。急いで駆け寄った俺だが、無理をしてでも引き抜くべきなのか判断がつかない。
流れ出る血を前に、手を広げてあたふたしていると、
「ハリー! あぶねぇっ!」
『灼熱の意思よ――!』
コリンの警告と同時に後ろから女の声が響き、俺は慌てて振り返った。
視界に飛び込んでくるのは、やたらと露出の高い服に身を包んだ、藤色の髪の女。
『――無垢なる怒りを束ね、森羅を貫く槍と成せ! 紅炎槍!!』
一瞬呆けたように肌色を眺めた俺だったが、刹那、女が手にした杖の周囲に赤い光の粒子が舞い、先端には紅く燃え盛る光球が出現する。
攻撃魔法だ! 始めて見た!!
呑気にもそんな事を考えた瞬間。
光球は猛烈な業火の奔流となって、視界の全てを埋め尽くした。
「おわっ! あちっ!!」
俺は慌てて、顔を覆っている覆面に手を伸ばす。炎に巻かれた麻袋を思い切り引きちぎり、投げ捨てた。黒焦げの消し炭となって床に落ちる、覆面だったモノ。
「はぇっ? あ、あれ??!?」
間の抜けた声を出した女の懐に飛び込み、構えた杖を弾き落とす。
弾き落とすだけのつもりが真っ二つに折れて飛んでいった杖を、女は驚愕を顔に浮かべつつ目で追った。
追撃は殴ったほうがいいのか、床に引き倒したほうが良いのか。やたら面積の広い肌色を前にして躊躇が生まれる。だが、
「降伏っ! 降伏するわ!」
追撃の必要は、すぐに無くなった。
「そこまでだ! この女がどうなってもいいのか!」
部屋に響く、鋭い声。俺は慌てて声の主を探す。
声がした方に首を回した俺の目に飛び込んできたのは――
「メリッサさん!」
魔法使いの女が隠れていたのと逆側の部屋の隅に立つ、若い男の姿。
鬼気迫る表情で、メリッサにナイフを突きつけている。
「武器を捨てるんだ! 従わないとジョシュアの女に傷が付くぞ!」
「ジョシュアなんて知らないって言ってるでしょっ!」
目を血走らせながらそう叫ぶ男の声に、メリッサの絶叫が重なった。
「いや、俺武器なんて持ってないぞ」
「な、ナニ!?」
両手を広げて見せる俺に、男は間抜けな声を出す。
「ま、まぁいい。お前、そうだ、顔が黒焦げのお前だ!」
俺の顔、黒焦げなのか…… 別に痛くは無いんだが。
「お前、強いんだろう!? 俺とこの女を、街の外まで連れて行け!」
「何でだ?」
「馬鹿かお前は!! この状況から逃げ出すために決まってるだろうが!!」
男は、必死の形相を繕うこともなく叫んだ。
どうやら探していた幹部はこの男らしい。名前は忘れたが。
「嫌だと言ったら?」
「この女を殺す!」
「てめぇ、ランドン……!」
コリンが吠えた。
そうだ、ランドンだ。思い出した。ふざけた事をぬかしてくれる。
「……その瞬間、お前も死ぬことになるが?」
「お前こそ! この女が死んでも良いのか! こいつはジョシュアの女だ! 俺を殺した所でお前もジョシュアに殺されるぞ!」
……こうならないように、コリンが用意した覆面だったのだが。そこにコリンが素顔で転がっている以上、もうジョシュアとは関係ない、などという言い訳は通じないだろう。
「早くしろ! 早く決めろ! 俺は気が短いんだ!!」
男は一歩、また一歩と、メリッサにナイフ突きつけながら、近づいてくる。
「分かった、分かったよ。街の外まで送っていったら、その女は開放するんだな?」
「街の外の、安全なところまでだ!!」
男は床にへたり込んでいる女魔術師の横を通り過ぎて、さらに俺の近くに。
……この距離なら、やれるか?
敏捷値250を信じて、動こうとしたその時だった。
壊れたままの扉から、五十代ほどに見える白髪の男――ジョシュアの屋敷の使用人が、音もなく姿を表す。
彼は、どう動いているのかも分からない滑らかな動きで、メリッサにナイフを突きつけるランドンに近づき。
「……あ?」
その首筋に、太い短剣を突き込んだ。
「……旦那様の顔に泥を塗った罪、万死に値する」
短剣が抜かれ、ランドンは使用人の男の添えた手に導かれるかのように、横向きに倒れ込む。その首からは水鉄砲のように血が吹き出しているが、メリッサには一滴の血飛沫も掛かることはない。
「……遅れてすみませんな。今回の件、自警団を介入させるのに手間取りました。後始末はどうぞ我々にお任せを」
目を見開いてびくびくと体を震わせるランドンを冷めた目で見下ろしながら、ロレンスは抑揚の無い声で呟いた。