第15話 背信
その日も、俺はいつも通りに薬草採集を行い、ギルドへと戻ってきた。
採ってきた薬草を買い取り窓口に納めると、ライオネルさんが採集以外の功績点が溜まっていないことについて小言を言ってくる。
生憎だが、俺は自分にできることを弁えている。狩猟や護衛の功績点を貯めようと思ったら、合同受注やパーティーへの参加が必要不可欠なのだ。
人に見られている状況で"cheat"能力を使いたくない以上、今のところは、採集以外に手を出すつもりは無かった。
「あとは……メリッサの指名依頼だな」
今日の納品物は、イノールの葉とオミシェンと呼ばれる果実。錬金材料らしく、後者には毒がある。
いつもと同じ道を歩いてロゼッタ雑貨店の近くまで来た俺は、店の前に見覚えのある男が立っていることに気付いた。
店には近寄らないんじゃなかったのか?――思わずそう声を掛けようとして、慌てて思いとどまる。今の俺は「リョタロー」、もとい涼太郎としてのステータスだ。彼らに見せた姿である「ショウ」とは体格が違う。
「……あの、何のご用でしょう?」
俺は、腕組みをして神経質そうに足を動かしている男――コリンに声を掛けた。
「ああ? ああ……お前は。お前の兄貴に用事がある。大至急だ。悪いが呼んできてくれねぇか? ……この店の店主が攫われた」
彼が発した最後の言葉に、瞬時に血が沸騰する。
「何!? 誰にだ!」
気がついたら、コリンの胸を掴んでそう叫んでいた。
「組織の跳ねっ返りどもにだ! クソ、お前も兄貴に似て気が強ぇな」
男は乱暴に、俺の腕を剥がす。
「そういうわけで、今すぐにお前の兄貴を呼んできてくれ。アイツの力が必要だ」
メリッサが攫われたとあっては、事態は一刻を争う。
今この場で"cheat"能力を使おうかと余程悩んだが、すんでのところで思いとどまった。
「すぐに呼んでくる! 待ってろ!」
俺は全力疾走でその場を後にする。
二つばかり通りを走り過ぎ、見かけた宿に飛び込んだ。
何事かと目を丸くする受付の女にフィリアル銀貨を叩きつけ、借りた一階の部屋に滑り込む。
鞄から出したぶかぶかの服を身に着け、"cheat"能力を発動。
ステータス値は250。ぎちりと体が肥大化し、服がぴっちりと体にフィットする。
リョタローとして身につけていたものは置いていった方がいいだろう――そう思って武器や鞄をベッドの隅に寄せると、以前メリッサに貰った魔法薬が転がり出てきた。
何となく予感するものがあって、それを腰のポーチに入れる。
窓から部屋を抜け出した俺は、メリッサの店に向かって走り出した。
道中、メリッサが攫われた理由について考える。
幹部であるジョシュアは、「灰燼の徒党」が店に手を出さないことを約束した。当然、組織の面々にはその旨の通達を行ったはずだ。だが、俺との交渉の内容までを詳らかにしたとは思えない。
……となれば、組織の連中の目には、たかが雑貨店を営む女一人を相手に、「灰燼の徒党」が膝を折ったように映ったはずだ。
彼女を攫ったのは、あるいは彼女に手を出しても何も起きないと証明する為の行動か。舐められたものだ。
もし、彼女に少しでも危害を加えていてみろ。必ず、後悔させてやる。
店の前で俺を待っていたコリンは、俺の姿を認めるや否や、待ち切れないといった様子で足早に歩き出した。横に並んで、息を整える。
「早いな、流石だ。弟はどうした?」
「ヘバってたのでな。置いてきた」
「そうか。……ってお前、何か前よりデカくなってねぇか?」
俺に顔を向けて視線を上下させながら、コリンは怪訝そうな顔付き。
「気の所為だ。それより、メリッサが攫われた先に見当は付いているのか?」
「ああ。ジョッシュと同格の幹部、ランドンの屋敷に監禁されてる。奴はあの女店主をジョッシュの弱みだと勘違いしてやがるんだ!」
「弱み? どういうことだ?」
違和感のある話の流れに、訳が分からず問いかける。
「鈍いのか!? ジョッシュの名で念書を書いたせいで、あの女がジョッシュの女だと思われてんだよ! ランドンの野郎はあの女の身柄を盾にジョッシュを脅してやがるんだ! 縄張りを寄越せってな」
……うむ。何とも複雑奇怪。俺の予測は間違っていた。
「なるほど。で、場所はどこなんだ?」
「貧民窟の中だ。歓楽街のあたりになる」
コリンの言葉に、俺はスラムの入り口を思い出す。確か、衛士たちが警備していたはずだ。
「入り口には衛士がいるだろう? どうやって彼女を連れ込んだ?」
「抜け道なんざいくらでもある。誤魔化すにせよ、買収するにせよ、な」
「なるほど……」
どうやら、意外とザルだったらしい。中世らしい大らかさに腹が立つ。
「その屋敷に着いたらどうする? 味方はお前だけか?」
「ジョッシュは面子にかけてあの女店主を守るはずだ。きっと今頃は兵隊を集めてる。間に合えば、ジョッシュの手下と合流できるだろう」
「……間に合わなければ?」
「俺とお前で突っ込めばいいだろ。お前には敵わんが、俺はこれでもかなり強いぞ」
……脳筋か、こいつ?
突入の成功に何の疑問を抱く風もなく、足早に道を急ぐコリン。
以前ステータスを盗み見た時は、脱走騎士だとか表示されていた。
そこらのチンピラよりは強いのだろうが。
やがて、俺達は衛士たちが警備するスラムの入り口を通り抜け。
昼間にも関わらず仄暗い雰囲気に包まれた貧民窟の中を、突き進んでいった。
* * *
「クソ、ランドンの手下しかいねぇ……。こりゃ、やるしかねぇぞ」
裏道から表通りを窺ったコリンが、憎々しげに吐き捨てる。
視線の先にあるのは、簡素な建物が目立つ歓楽街の中に堂々と建つ、真新しい邸宅。門の両側には、立派な造りの石の柱が威圧的にそびえる。
「どうするんだ? 彼女を人質に取られたら、こっちは手も足も出ないぞ?」
「俺達をジョッシュの身内だと思わせなけりゃいいのよ。ほれ」
コリンはポケットに手を入れて、何かを投げて寄越した。
広げると、それは……
「お前、いっつもこんな物持ち歩いてんのか?」
目の部分にちょうど二つの穴が開いた、ごわごわした作りの麻袋。
覆面である。
「正体を隠さにゃならんことは多いからな。ほら、早く被れ」
自分も覆面を被りながら、俺を急かすコリン。
「じゃあ、着いてこい。おい、間違っても俺のことをコリンだなんて呼ぶなよ? ……そうだな、トムと呼べ。俺もお前のことはハリーと呼ぶ」
「俺はハリー、お前がトムだな。分かった」
俺とトムは互いに頷くと、表通りへと堂々と進み出た。
通りに突然現れた怪しげな二人組に、遠慮のない視線がずぶずぶと突き刺さる。
トムはそのままずんずんとランドンの屋敷に近づいていくと、
「おい、止まれ!」
彼を止めようと立ち塞がった粗野な顔付きの男を、無言で殴り飛ばした。
男は、門の脇の立派な柱に頭から突っ込んで、動かなくなる。
「……なっ、何しやがる!」
「てめぇ、何者だ!」
「おい! 敵襲だ! てめぇら出てこい!!」
途端に、屋敷の前は大騒ぎになった。
近くに居た無関係の人々が、悲鳴を上げて散っていく。
トムを止めようと数人がかりで襲いかかったチンピラたちだったが、
「しゃらくせぇっ!!」
大音響の一喝とともに、全員纏めて投げ飛ばされる。俺も慌ててそこに近寄り、
「オラッ!」
トムの後ろでナイフを抜いていたチンピラを、死なないでくれよと祈りながら蹴り飛ばした。ナイフを取り落とした男は、そのままずざざと土煙を上げて転がっていく。
入り口の扉が開いて大勢の男たちが飛び出してきたのは、ちょうどその時だ。
「こいつぁ面白くなってきやがったぜ!!」
心底楽しいと感じていそうな様子で、トムが雄叫びを上げる。
どうやら、こういう状況にも馴れているらしい。
拳を振りかざして殺到する男たちを、ある者は殴り倒し、ある者は投げ飛ばし、まさに一騎当千の大活躍だ。
そして、そのトムより体格の良い俺はというと。
「ええいクソっ、手前はオークかよっ!!」
そう叫んで殴り付けてきた男の拳を片腕で弾く。げきょり。何とも嫌な音が聞こえ、男は絶叫。隙だらけになったその尻をバシンと蹴ると、姿勢を崩して他の男達の方に突っ込んでいき、数人を巻き込んだ。
「こっ、コイツはオーガだと思え! 一斉に組み付いて押し倒せ!」
少し偉そうな男が号令し、周囲の男たちが一瞬顔を見合わせる。
躊躇しつつも、仕方なくといった感じで一斉に構えを取る彼らに、今度はこちらから両手を広げて突っ込んだ。
「うわああぁぁ!!」
「ぐぇぇっ!!」
「ぐはぁっ!!」
まるでブルドーザーのような突進に、幾人もの男たちが容赦なくなぎ倒される。
残った数人の男が、顔に恐怖を浮かべて後ずさった、まさにその時――
「先生ェェッ! お願いしやす!!」
「フ……任せろ」
そんな掛け合いとともに、豪奢な型押しの入った、立派な革鎧を来た人物が姿を現した。
このタイミングで出てくるということは、やはり強敵なのだろう。だが……。
「武器を持たぬ者に剣閃を見舞うのは美学に反するが……。俺と出会った不運を呪うがいい!」
そう言葉を発するや否や、抜刀して切りかかってきた彼の長剣を、
「フンッ!!」
俺は横から殴りつけることで、一瞬にして真っ二つに圧し折った。
『実直の剣は横から打てば容易く折れる』――思い出すのは、つい先日耳にしたばかりの、ジョシュアの言葉。
『そういう意味で言ったんじゃねーよ!!』――なぜか、そんな幻聴まで聞こえてくる。
「……は??」
刀身の消えた柄を手に棒立ちになった男の腹に、パンチを1発。
面白いように吹っ飛んでいった男は、開いたままの玄関扉の中へと消えた。
トムの方に目をやると、彼も、
「フンッ!」
「ぐえっ……」
丁度、最後の一人――チンピラたちに号令していた男を片付けたところだった。
「おう、意外と簡単に片がついたな」
「ああ、そのようだ」
「ところでよ……。お前さん、本当に人間か?」
「……たぶんな」
何とも言えない表情を顔に貼り付けたトムと二人並んで、俺達は屋敷の中へと足を踏み入れる。