第1話 異世界転移
※第1話と第2話は転生パートです。転生パートが不要な方は3話からお読みください。
(3話冒頭に転生パートのあらすじが付いています)
その昔、「ゲームの改造行為」というのが問題になったことがあった。
攻撃力を馬鹿みたいな数値にして敵をワンパンしたりだとか、所持金を最大にして序盤から最強アイテムを揃えたりだとか、とにかくそういうやつだ。
いわゆる"cheat"と呼ばれる行為で、真面目にゲームを楽しむプレイヤーからは蛇蝎のごとく嫌われていた。
では、一体なぜ、俺がそんなことを思い出しているのかというと。
「……これって、アレだよなぁ」
手元にある、小さなナイフ。
刃渡り十センチほどのそれに意識を向けて「ステータス」と念じると、半透明の表示が空中に浮かび上がる。
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名:聖浄のナイフ
攻撃力:8
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さらに、転生特典の「チート能力」を発動すると、こんな感じ。
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名:聖浄のナイフ
攻撃力:8 [値変更]
[決定] [キャンセル]
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「値変更」と書かれたボタンを押すと、電卓のようなウィンドウが新たに出現する。
適当な値を入力して、「決定」をタップ。
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名:聖浄のナイフ
攻撃力:255
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……攻撃力が爆上がりしたナイフが誕生した。
どこか輝きを増したように見えるその刃先を、俺は近くに転がっていた大岩へと突き立てる。
ばきゃり!
派手な火花を散らして、岩にナイフの先端が突き刺さった。
砕け散った岩の破片が頬に飛んできて、ぱしんと音を立てる。
俺は、再度「チート能力」を発動し直し、今度は別の値を入力して「決定」。
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名:聖浄のナイフ
攻撃力:65535
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出来上がったのは、紛うこと無きチートナイフ。
光り輝く刀身へと生まれ変わったそれを、俺は改めて大岩目掛けて突き立てる。
とすっ!
ナイフは何の抵抗を感じさせることもなく、刃の根本までを岩の中に埋没させ。
ばがんっ!!
そんな硬質な響きの余韻を残して、大岩を真っ二つに叩き割った。
「…………これって間違いなく、アレだよな」
俺は再度、さっきと同じようなセリフを繰り返す。
「チートはチートでも、"cheat"の方だわ……」
額をつぅと汗が流れるのは、きっとこの能力のヤバさを肌で感じたから。
俺の脳裏には、先程までの「神様」との会話が思い出されていた。
* * *
ここは、闇色に閉ざされた空間。
「は? 人違い??」
「そうなんだ……本当にゴメン……!」
目の前にいるのは、「女神」を名乗るやたらと美形な青髪ショートヘアの少女。
「……じゃあ、話をまとめると、本来ならネカフェの隣のブースに居た凶悪犯に天誅を下すはずだったのに、間違って俺が天誅を下されて死んだと」
「うん、実に遺憾だけど、そういうことになるね」
彼女は、俺が死んだのは手違いだったと――そうのたまった。
「まって?? 俺まだ二十四だよ!? 人生まだまだこれからって時なのに何してくれてんの!?」
あまりの理不尽さに、俺は思わず抗議の叫びを上げる。
俺が育ったのは、児童養護施設――つまり、孤児院だ。当然、親は居ない。
大学への進学も、名の知れた企業への就職も、俺にとっては大きなハードルだった。ハンデを覆すために必死になって努力して、ようやく報われたところだったのに。
「うう……ほんとゴメンね? 本当ならキミはこんな所で死ぬはずじゃなかったのに……。冬月 涼太郎くん、せめてもの償いだけど、キミには代わりの人生を用意させて欲しい」
「……代わりの人生?」
何やら聞こえてきた気になる単語を、俺はオウム返しに聞き返す。
「うん。ボクの統べる世界のひとつにキミを招待してあげる。申し訳ないのだけど、人生の続きはそこで楽しんでくれないかな?」
彼女はしゅんとした様子で、心苦しそうにそう提案した。
「えーと……。それはつまり、俺は異世界に行けるってことですか?」
「うん。そういうことになるんだけど……あれ? 何かキミ、あんまし驚いてないね??」
異世界――それは今や知らぬ人のいない概念。
ファンタジー世界だったり、SF世界だったり、あるいは貞操観念の逆転した並行世界だったり。
退屈な人生に疲れた現代日本人の心のオアシス、それが異世界だ。
「日本では今、異世界を舞台にした創作物が大人気なんですよ。俺もいろんな話を観たり読んだりします」
「へぇ、そうなんだ。なら、違う世界に行くことに抵抗は無い?」
「はい。……えっと、日本で生き返るのは出来ないんですよね?」
「うん……本当にごめんね……」
俺の問いかけに眉尻を下げ、悲しげな表情を浮かべる女神。
その瞳からは読み取れるのは、確かな罪悪感。
……仕方ないか。
「……わかりました。では、それでお願いします」
「ありがとう、涼太郎くん……! それじゃあ早速になるけど、新しい世界に行ってみようか!」
彼女はそう口にするや、ばさりと音を立てて背中の羽を広げた。
目に見える翼の数は、六肢。
彼女が人ではないことをはっきりと示すその光景に、心がざわつく。
「キミが向かう先は、地球でいう中世くらいの文明の異世界だよ。使命とかは無いから、好きに生きてくれてかまわないからね」
女神の翼は青灰色の輝きを帯び、広げた羽根の周囲には無数の燐光が顕現する。
舞い散る雪のような粒子のきらめきに、俺は言葉を忘れて見入った。
「それじゃあ、新しい人生を楽しんでね!」
別れの挨拶とばかりに、微笑みながら優しく手を振る彼女。
極めて重大なことに思いが至った俺は、慌てて声を掛ける。
「あの! もちろんチートは付くんですよね?」
「ん? チート?」
「はい。こういう時の定番のチート能力。……もしかして、神様なのにご存じない?」
「えっ? し、しし知ってるとも! 分かった、チート、チート能力だね。……向こうの世界に着く頃には、きちんと付く? 付けられるようにしておくよ!」
慌てて言い繕う彼女の態度に、そこはかとない不安が芽生えた。
もやもやと嫌な予感が膨れ上がり、俺はかけるべき言葉を探す。
だが、神である彼女が確約したことを疑うのは失礼に当たるかもしれない――そのことに思い至った俺は、喉まで出かけた言葉を飲み込む。
彼女に掛けるのは、代わりの言葉。
「あの! 俺まだあなたのお名前を伺ってません! お名前を教えて頂いても?」
「そうだったね。ボクの名前はアンフィリア。創造の女神アンフィリアだよ。それじゃあ涼太郎くん。向こうの世界で天寿を全うしたら、また会おうね!」
辺りに舞う燐光が一段と輝きを増し、ふわふわと身を包んでいく。
やがて、視界は青白く輝く光に埋め尽くされ。
「えーっ!? 待って涼太郎くん! 『チート』ってこれ、神の権能そのものじゃ……」
慌てたようなそんなが聞こえてきたのと同時に、俺の意識はぷつりと途切れた。
* * *
「…………神様、チート能力のこと知らなかったんだな」
自然と、そんな言葉が漏れる。
思えば、彼女は日本で異世界モノが流行していることも知らない様子だった。
「俺としては鑑定とか魔力無限とか、異世界っぽい能力が欲しかったんだが……」
だが、付与されたのはゲームの改造とかでありがちな、数値を書き換える能力。
「『チート能力』じゃなくて、『"cheat"能力』か。……これって、もしかしなくても……。俺、最強なのでは?」