ワラジムシはダンゴムシのように丸くなりたい
私はオスのワラジムシだ。
若い頃の私はというと、ダンゴムシを一方的に敵視していた。
なぜなら、まず奴らは我々ワラジムシによく似ている。
そのため、元々ワラジムシとダンゴムシは意識し合う関係にあったのだが、私は特にその傾向が強かった。
それに、奴らは触られるとすぐ丸くなる。体を内側に丸めて、完全な防御体勢に入ってしまう。
あの慎重さ、臆病さが、どうにも気に入らなかった。
そして、奴らは――人間に人気だ。
石ころのように丸まってる姿を、可愛いだとか面白いだとか持て囃される。
一方、我々ワラジムシは丸まらないという一点だけで、不快だの気持ち悪いだの言われてしまう。
……不公平すぎる。
だから、私は知り合いのダンゴムシに会うたび、食ってかかった。
「よぉ、相変わらず丸まってるのか」
「別に好きで丸まってるわけじゃないけどな」
「こっちはいい迷惑だぜ。似た奴にお前らのような臆病者がいると、こっちまで臆病だと思われちまう」
「……勝手に言ってろ」
一方で――なんとなく察しがつくと思うが、私は奴らが羨ましかった。
私もダンゴムシのように丸くなりたい。
丸まって身を守りたい。転がりたい。
人間から可愛いとチヤホヤされたい。
こんなことばかりを考えていた。
そして、一生懸命丸くなる練習をすることもあった。
全身を内側に曲げ、なんとか丸まろうとする。
「ふんっ……!」
ダメだ。丸まれない。
「くっ……!」
惜しい、もう一度。
「ぬあっ……!」
惜しいところまではいくのだが、どうしても完全な球体にはなれない。
『~の花を食べると、丸くなることができるそうだ』
こんな話を聞けば、なんとかその花を食べに行ったし、
『~の沼の水を飲むと、体が柔らかくなって丸くなれるらしい』
と聞けば、どんな危険も顧みずその沼まで冒険した。
しかし、ダンゴムシのように体を丸めることはできなかった。
ある日、私は年老いたワラジムシに尋ねてみた。
「どうすれば、我々ワラジムシもダンゴムシのように丸くなれるのでしょう?」
「無理じゃ」
即答だった。
「なぜです!? 諦めなければきっと……!」
「無理なんじゃよ。なにしろ、体の構造が違うからのう」
はっきりと、吐き捨てるような言い方だった。
もしかしたらこの老ワラジムシも、かつて私のように丸まることを夢見たのかもしれない。
そして、私は絶望した。
私は、どんなに頑張ってもダンゴムシのように丸くなることはできない……。
その後の私はというと、荒れた。
数々の冒険で私の体は他のワラジムシに比べて屈強になっていたので、いい土や落ち葉がある場所を独占することができた。
仲間を集めて、お山の大将を気取った。
そうして集めた仲間たちを引き連れて――
「ダンゴムシは丸くなるしかできない臆病者だー!」
「そうだそうだー!」
「我々ワラジムシの方がダンゴムシより優れているー!」
「いいぞいいぞー!」
こんな感じの“反ダンゴムシ運動”を展開したりもした。
人間に気持ち悪がられていることを逆手に取り、積極的に子供たちの前に姿を現すようにもなった。
「……あっ、ダンゴムシだ! 可愛い!」
しかし、指で触られても私は丸くなることはない。
「あっ、これダンゴムシじゃない!? ひっ、触っちゃったよぉ~!」
私を嫌悪して悲鳴を上げる子供を見るのは痛快だった。
どうせ嫌われるのなら、徹底的に嫌われてみせよう。
これがワラジムシの生き様だ、と言わんばかりに私は荒んだ生き方をし続けた。
そんな時、私はあるメスのワラジムシと出会った。
なかなか可愛らしい触覚と滑らかな皮膚を持った娘で、見た目に違わぬ穏やかな心の持ち主だった。
森の中でデート中、こんなことを言われる。
「丸くなくてもいいじゃない。ダンゴムシにはダンゴムシの良さがあるように、ワラジムシにはワラジムシの良さがあるわ」
この言葉が私を変えた。
確かにワラジムシはダンゴムシのように丸くはなれないが、その分動きは素早いし、この平べったい体にもなんだかんだ愛着がある。
ワラジムシにはワラジムシの良さがある……。
私は憑き物が落ちたように、これまでのような過激な活動を控えるようになった。
やがて、私はこのメスのワラジムシと結婚。
子供を授かる。
私ももう若くはない。いわゆる中年という年頃になり、後進のワラジムシにどうすればいい餌場にありつけるかだとか、天敵に見つからないだとか指導する立場になった。
家に帰ると、妻と子が温かく迎えてくれる。
「お帰りなさい。今夜は草と根っこのサラダよ」
「パパ、お帰りなさい!」
私は脚で子供の頭を撫でると、妻の作ってくれた夕食を堪能した。
ささやかな幸せを手にすることができた。
そんなある日、私はとあるダンゴムシと会う。
昔はよく喧嘩をし、食ってかかったこともあったライバルともいえる存在だったが、今では一緒に木の葉を食べる仲だ。
「お互い年を取ったなぁ」
「まぁな。君に臆病者だとか言われてた日々が懐かしい」
「あの頃の自分を思い出すと恥ずかしいよ」
私は脚で頭をかいた。
ダンゴムシがからかうように言う。
「しかし、私が言うのもなんだけど、君もすっかり丸くなったよな」
「そうかな」
私は微笑んだ。
そうか……そうだったのか。
私は夢を叶えることができたんだな。
完
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