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ヤバい人の地雷はヤバい

 研究所まで帰ってきた芹花は、玄関をあけた。


「ただいま戻りましたよーっと…モフチー」


 芹花はしゃがんでモフチーを撫でた。日が落ちてきたので玄関は暗い。リノリウムの床に芹花の影が長く伸びた。


「さっ、お互いご飯にしよっか」


 芹花はモフチーにごはんをあげ、自分も時計とにらめっこしながらプロテインをのみほした。ここ最近ではこの時間だけが芹花の楽しみだった。六時からオンラインで授業があるのだ。だが端末は一つしかないので、使うときがかち合わないよう事前にサチに確認する必要があった。毎回冷たい目を向けられるので彼を探しに向かうのは気が重い。だが十分前になったので芹花は重い腰をあげた。


 芹花は研究室の彼の机を覗いたが、彼はいなかった。他の階にいるとも思えなかったので、芹花はとりあえず研究室を抜け、その先のアトリウムへ向かった。

 天井のガラスから夕日が降りそそぎ、アトリウム内は濃いオレンジ色に染まっていた。少しづつ建物内の掃除はしているが、まだここにまで手がまわらないので、光の中にほこりが舞ってキラキラしていた。


(うーん、ここにもいないな。どこだろ…)


 芹花はくるりと踵を返したが、その瞬間頭上から鳥の声がした。それは不思議な響きを持っていて、夕方に似合うしっとりとした音だった。芹花は鳥かごに近づいた。


「すごーい。いい声してるね」


 鳥かごはこの間酒流がひっかけたあの場所にそのまま釣り下がっていた。が、何気なく中を覗いた芹花は驚いた。


「うわあ」


 鳥かごの中は汚れていて、えさも水もからっぽだった。あたりを見回すと、空のプランターの中にえさの袋が無造作に入れられていた。封は切ってあり、中身が少しこぼれている。

 芹花はからっぽの皿にそのえさをザクザク入れ、水も注ぎ足した。するとカナリアは猛烈な勢いで皿に頭をつっこんだ。


「エサ、どのくらい食べてなかったのかな…気づかなくてごめんね」


 てっきりサチが面倒を見ているものと思っていたので、芹花はカナリアにはノータッチだった。だがこの状態はちょっとひどい。


「これからは、私がエサやりするか…」


 芹花がそういうと、カナリアはきゅっと丸い顔をこちらに向けた。


「ルールー…ロロロロロ…」


 耳をくすぐるような心地よい音に、芹花は目を閉じて聞き入った。


(きれいな声だけど、なんだか切なくなる音だな…遠くから響いてるみたいな感じがする)


「…キライッ…」


 歌声が途切れ、突然聞こえたその声に、芹花は耳を疑った。


「…えっ?」


 この子、今しゃべったような…?だがカナリアはオウムではない。しゃべらないはずだ。芹花はまじまじと鳥かごの中を見た。


「ねえ、今何か言った?」


 だがカナリアに通じるわけもなく、そ知らぬ顔でまたエサをついばんでいる。


「…まあ、いいか」


 芹花は早足でアトリウムを出た。もうすぐ6時になってしまう。研究室へ戻るとちょうどサチがロビー側の扉から入ってくる所だった。


「あっ、あの」


 彼はこちらを見もしなかったが、芹花が声をかけたら立ち止まった。


「今から端末使って大丈夫ですか?授業があるので…」


「…どうぞ」


 研究室の白い電気の下で、伏し目がちにした睫が、彼の頬に濃い影を落としている。サチの顔からはなんの表情も読み取れない。が、芹花は意を決して聞いた。


「あの…今日…」


 サチが顔を上げたので、二人の視線がぶつかった。相変わらず無表情だったが、芹花は勇気を奮い起こして続けた。


「畑の向こうの丘で、みかんみたいなものがなっていたんだけど、それで…」


「で?」


 その声には一片の感情もふくまれておらず無機質そのもので、芹花とても切り出しづらかったが恥を忍んで聞いた。


「食べて、いいですか」


「は?」


「いやあの、だめなら、だめでいいです。ちょっときいてみただけ…」


「ああどうぞ」


 彼はぶっきらぼうにそういった。


「えっ?」


 芹花が聞き返したときには彼はもう背を向けていた。


「あ、わかりました…」


 あっさりOKが出たので驚いたが、芹花の頭はすぐさまあのみかんでいっぱいになった。


(やったやった!明日とりにいこう!)


 しかも、あそこにはさくらんぼやキウイなどたくさん魅力的な木があった。


(みかんがOKってことは、他のもの食べていいってことだよね…!)


 どの木も実どころか花の芽さえなかったが、芹花は俄然やる気がわいてきた。


(よーし!実らせてみせるぞ!高級果物!)


 まだ口にしたことのないそれらの味を想像すると、芹花の心はかなり躍った。




『茉里です。お仕事お疲れ様。メールありがとうね。

 モフチーはそちらで元気?猫って環境が変わるとすごいストレスを感じるらしいから、ちょっと心配。あ、もちろん芹花のことも心配だよ。食料がないって大丈夫?こちらから何か送ってあげたいけど、やっぱり難しいかな…。

 芹花がひとりで頑張っているから、私も頑張ってみるね。

追伸 厳しい上司って、どんな人なの?気になる~。』


 ギリギリで間に合ったライブ授業を終え、茉里の返信を読んで芹花はへへっと笑った。時計をちらりとみて、芹花はぱぱっと返事を打った。


『食料については、今日希望をみつけたから大丈夫!気持ちだけもらっとく。

上司は男の人なんだよね。何歳かはわからないけど多分若い方だとおもう。そういえば茉里の好きなアイドルの人にちょっと似てるかも。あの金髪のクールな人。ちょっとだけど。 

 モフチーは元気!今も膝の上に乗ってワオワオ言ってるよ。もともと外に住んでたからこの環境もそう苦じゃないのかもしれない。モフチー見習ってお互いがんばろうね!』




 次の日の朝。芹花はいつもより早く起きて1階のアトリウムへ向かった。


「おはようレモン。ちょっと掃除するよ」


 芹花はカナリアを仮の籠に移し、徹底的に元の籠を掃除した。ピカピカになった籠に戻されたカナリアは、心なしか嬉しそうに見えた。芹花はさらに減っていた水とエサを補充し、今度は2階の書庫へ向かった。この部屋には天井まである大きな本棚が通路を作るように並んでいる。本だけでなく書類ファイルもたくさん並んでいるので、もしかしたら丘の果樹のデータや育てかたの手がかりがあるかもしれない。芹花は雑然とした通路に足を踏み入れた。床に物がたくさん放置されていて、歩きにくい事この上ない。が、すみっこに積んである段ボールに芹花の目はすいよせられた。


「何だろう、あれ」


 そのダンボールには太いマジックで「ハイキ」と書かれてあった。中にはたくさんのビニールパックが入っている。どれも黄ばんで古びているが、芹花が気になったのはそのラベルに野菜の名が書いてある所だった。


(これ…ひょっとして、種?)


 不透明なビニールなので中身は見えないが、浮き出た感触は種そのものだ。トマトやじゃがいも、きゅうりなど、いろいろな品種がある。


(ハイキなら、もらっちゃだめかな…)


 ホクホクのじゃがいもに、塩を振ったトマト、パリッとしたきゅうり…そんな妄想が次々と脳裏に浮かんだ。


(でも、どれも育てるのに時間がかかるなぁ…あっ)


 芹花は夢中でダンボールをあさった。中には封を切られているものもある。


(ミントに、ローズマリー…あっ、昨日丘で見かけたな。誰かが植えたのかな?なら私だって…いいよね?) 


 ダンボールをあさっていた芹花は底に埋もれていたパックを手にとった。ラベルには「二十日大根」とある。


(これならお手軽に収穫できる…かも!)


 芹花はそれをポケットにしまった、その時。


「ここにいたんですか」


「ギャッ、ち、ちがうんですこれは」


 芹花は縮み上がった。振り返ると、サチがこちらに向かって歩いてきた。狭い通路でサチと向き合う格好になり、芹花は少し身構えた。


「鳥にエサをやりましたか?」


 彼のその声はいつも以上に冷たい。だが意外な問いかけに芹花は首をかしげた。


「カナリアのことですか?エサやって、掃除もしておきましたけど…?」


 彼の表情が変わった。スッと細められた目には怒りがたたえられている。


「誰が頼みました?勝手なことをしないでください」


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