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いざ!南の島へ

 翠色の海が、足元のすぐ下に広がっている。白いクルーザーは風を切ってGNG社の所有する研究島、サンクチュアリへと進んでいた。


「すごい!良い風!」


 芹花はデッキへ出て外を眺めていた。生まれて初めて目にした海。明るい翠色の水面がどこまでも続き、はるか遠くの水平線は春の陽気にけぶっている。モフチーはその後ろで注意深く芹花の様子を見守っていた。海を警戒しているようだ。


「芹花くん、帽子くらいかぶりなさい」


 つばの広い帽子にサングラスをした酒流はそんな芹花に帽子を手渡し、目を細めた。


「そんな直接太陽光を浴びて、よく平気だねえ」


「そう長い時間でなければ、帽子やコートがなくても平気です。…実は時々、そうやって外に出ていたので!」


 芹花は船から身を乗り出して、波を眺めながら言った。しぶきをあげて散っていく瞬間の白波は、まるで繊細に編み上げられたレースのようだ。


「うーん、わが社としては、ご両親の奔放な教育方針に感謝だね」


 海に釘付けだった芹花の脳裏に母の姿が浮かんだ。父も兄も納得して送り出してくれたが、母は最期まで心配していた。芹花の気持ちを読んだかのように酒流は言った。


「大丈夫、島のネット環境は完璧さ。ついたらすぐお母様に連絡を入れるといい」


 芹花は水平線をみながらつぶやいた。


「…そうですね、そうします」


 酒流はマスクをかぶり芹花の隣まで来て、一緒に海のほうを向いた。


「しかし、君のお母様は聡明な女性だね。芹花君も、交渉ごととかは得意なほうなのかい?」


 思い出し笑いをしながら酒流は言った。母は訪ねてきた酒流に、出した条件をすべて呑ませた。いつでも本人と連絡を取れるようにする事、結婚などの自由は認める事…などなど。


「私は母とは似ていないので、そんなには。ところで…サンクチュアリのもう一人の研究員は、どんな人なんですか?」


「うーん、そうだねえ。科学者気質ってやつなのかな。悪い人ではないよ。この道にかけては博識だから、いろいろ教えてもらうと良いよ」


 博識と聞いて、芹花の頭には兄の大樹が思い浮かんだ。


「なら、うまくやっていけそうです。その人も私と同じで、体が丈夫なんですか?」


「…ああ。生まれつき、ウイルスと紫外線に強い体を持っているよ。さて…そろそろ島につくな。私はサチに連絡を入れてくるよ」


「サチ?」


「その人の名前さ」


 女の人なのかな?芹花はそう思って首をかしげた。酒流は携帯を取り出した。


「もうすぐつくから、警報を切っておいてくれ…いやわかっているよ、念のためさ…」


 芹花は耳をそばだてたが、相手の声は聞こえなかった。


「よし芹花君、とりあえずもうつくから、下船の準備だ」


「はい!」


 船が島から伸びた桟橋につけられ、停止した。桟橋には古びてくすんだ白い日よけ屋根が付いていて、研究所の入り口につながっている。研究所は、いくつかの建物が合体しているようだった。手前に丸い屋根、その奥に四角い建物がつらなっている。どちらも南の太陽に照らされ、白く反射していた。


「行こう、モフチー」


 荷物は酒流にまかせて、芹花はモフチーを腕に抱いて船を下りた。


「アオ…」


 モフチーは抱かれながらも、小さく抗議の声を上げた。


「大丈夫、建物の中に入ったらおろしてやるから」


 先に行った酒流が桟橋の終わりから芹花を手招きした。


「こっちだよ、芹花くん」


 その後について、芹花は橋を渡って研究所の丸いドームへと足を踏み入れた。するとチカチカと頭上のランプが光って音を出した。びくっとそちらを見た芹花に、酒流が声をかけた。


「大丈夫、これは警報じゃなくて来訪者を知らせる音さ」


「あ、わかりました!」


「ワオンッ」


 中に足を踏み入れた瞬間、モフチーは身をよじって芹花の腕の中から飛び出した。石の床の上に鳥かごが置いてあったからだ。中ではレモン色の小さいカナリアが啼いていた。


「ダメッ、モフチー!」


 芹花はあわてて鳥かごを床から持ち上げた。どこか高いところに移動させなければ。芹花はあたりを見回した。一見として、雑然としたアトリウムといった感じだ。天井はガラス張りで、そこから降り注ぐ光が石造りの室内を照らしている。様々な種類のプランターが所せましと置かれているが、何も育ててはおらずどれも打ち捨てられている。


「とりあえず鳥君にはここにいてもらおうか」


 酒流は細い支柱に吊るされた鉢をはずして、鳥かごを吊り下げた。


「あの…研究員のサチ…さんはどこにいるんですか」


「ここはただの入り口だからね。奥に進もう」


 酒流はアトリウムを横切り、ガラスの嵌った扉をあけた。入ってすぐに小さなテーブルに消毒液が置いてあり、その先は真っ白な廊下になっている。


「これが、サンクチュアリの消毒設備だ」


「えっ、これだけ?」


 芹花のいたドーム熊谷では、外との出入りのたびに消毒設備を通らねばならず、乗っている人間から自動車まで徹底的に消毒しないと中に入れなかった。


「なにせ人が一人しかいないからね。ウイルスを持ち込む人間も移す人間もそういない。だからこのくらいで十分なのさ。しかも君は、免疫力も強いから…これすら必要ないかもね」


「はあ…でも一応やっておきます」


 芹花はボトルの消毒液を自分とモフチーに塗りこんだ。


「ウウウ…アウッ」


 モフチーは嫌そうに芹花の手をすり抜けた。


「待って、モフチー!」


 芹花は走り出したモフチーを追いかけて白い廊下を走った。突き当たりの角を曲がるとドアが開いていて、その先が研究室だった。


「モフチー、どこ?」


 芹花が声をかけると、ワオーンと哀れな声がかすかに聞こえた。芹花はそちらに目をやった。研究室のすみにはずらりと薬品棚が並んでいて、その向こうで誰かが机に向かっているのが見えた。


「あの…すみません」


 芹花がたなの向こうをおそるおそる覗くと、白衣を着た男の人が机の上のプラスチックの箱と格闘していた。その中からモフチーのアオオオンと鳴く声がした。


「ちょ、ちょっと、何してるんですかっ」

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