命と種
身を乗り出して、噛みつくように酒流が芹花に聞いた。あまりにもの剣幕に、芹花はとっさに答えられなかった。そんな芹花の頭を掴んで、酒流は無理やり顔を覗き込んだ。無理やり抑え込まれているせいで身体が痛い。頭がぐらぐらする。
「なぜだと聞いているッ!」
「かはッ…!」
無理な体制でゆすぶられて、芹花の呼吸は苦しくなった。喉が詰まったようになって、胃の中のものがこみあげてくる。その時、最初の時以来反応する事のなかったブレスレットのライトが、紅く点滅した。
『マスターノ生命維持ニ支障………通信……ヲ……』
聞き取れないくらいの、小さくひび割れた人工音声の後、パチっと音がし、ブレスレットは再び沈黙した。
それ以降、何の音も反応もなくなった。芹花はブレスレットを見てぼんやりと思った。
(ああ……こわれちゃった、かな)
せっかくサチがつけてくれたのに。しかし酒流は、食い入るようにブレスレットを見つめたままだった。
「どういうことだ、なぜこれがここにあるんだ……っ。教えてくれ!」
ブレスレットを掴んで聞く酒流に、芹花は目を見開きそうになった。
(酒流さんでも――こんな顔を、するんだ)
今までの冷徹さも余裕も、欠片ほどもその顔には残っていなかった。眉尻の下がった必死な顔。自分のプライドも仕事もすべてかなぐりすてた、感情がむき出しの顔。
「頼む……!」
地面に下ろされた芹花は、まじまじとその顔を見上げた。目の前の必死な酒流は怖いくらいに必死で、芹花はその迫力に押されて、思わずつぶやいていた。
「う、海で……泳いでいる時に、拾って」
酒流は小刻みにうなずいて、芹花に続きをうながした。
「海のどこだ?」
「浅瀬……足がつくか、つかないかの……これ、酒流さんの……ですか」
芹花は壁にもたれかかった身体を起こし、だるい腕に力を入れて、ブレスレットを無理やり引き抜こうとした。が。
「ああ、やっぱ無理だ……さっきので壊れちゃって、もう取れない……金具を切断すれば、なんとか」
「そ、それはダメだ……中の情報が失われる……!」
酒流は芹花の手首をつかんで、ごくりと唾を飲んだ。その様子に芹花はぞっとした。酒流はどうしてもこのブレスレットが欲しいらしい。
「私の腕を……切る、気ですか」
自分を殺そうとした男だ。それくらいやりかねない――。しかし酒流は蒼白になって首を振った。その額に、汗がにじんでいる。
「……いや、それもダメだ、付けている人間を傷つければ……情報は取りだせなくなる」
悲壮な顔でブレスレットを見つめる酒流に、芹花はふと気が付いた事を提案した。
「サチさんなら、取る事ができるかもしれない」
「本当か!?」
「うん。見つけたのは私だけど……操作して開いてくれたのは、サチさんだから」
「なるほど……!わかった、よし、彼にたのもう」
先ほどとば別人のようになってしまった酒流は、芹花を抱えるようにしていそいそとサチが閉じ込められた部屋へと向かった。もう文書も、松田の裏切りも、どうでもよくなってしまったかのようだった。
「サチ、頼みがある……っ!?」
「うわ、サチさん……っ」
酒流がドアを開けた瞬間、サチは鋭く尖った備中鍬を酒流に向かってつきつけた。
「今すぐ彼女を離しなさい!」
よろめきながらも、酒流に向かって、鍬を振りかざす。
「そうしなければ刺します。その上で、バグキラーEXを頭に振りかけますよ」
片手に鍬。もう片手に瓶。鬼気迫る様子のサチだったが、酒流は全く意に介さず、芹花の腕を見せて叫んだ。
「サチ、この腕輪を取ってくれ、たのむ!」
それを聞いたサチは、鍬を握ったまま疑い深い目で酒流を見た。
「この腕輪が……何ですか?」
酒流はもう一度、サチに頼んだ。
「芹花君の腕輪を取りはずしてくれ、サチ」
「は? なんでこんな時に、私がそんなこと……」
いぶかしがるサチに、酒流は頼み込む口調で説明した。
「その腕輪は――君が芹花君に、装着したんだろう?だから君しかはずせないんだ、頼む」
真剣に頼む酒流を、サチはただただ疑いの目で見た。
「嫌です。あなたの言う事なんて聞きません。どうせ外したら自爆とかするものでしょう。こんなことなら、そんなもの拾った時に投げ捨てておけばよかったです」
「ちがうんだ、爆発なんてしない、芹花君には傷ひとつつけないと約束する、サチ……!」
さきほどの酒流との変わりっぷりに、不可解な表情を浮かべるサチだったが、やっとこの状況が飲み込めたらしく、ひとつ咳払いをした。
「……それが本当だったとしてですね、言われるがままに外すとお思いですか?あなたは!芹花や大樹に危害を加えようとしたのですよ!?よくもそれで、私に頼み事なんて!」
ぐっと酒流が言葉に詰まる。しかし酒流はためらわずに、サチに向かって頭を下げた。
「すまなかった、君の大事な人々を傷つけようとして――。この埋め合わせはかならずする、だから……」
びしっと直角に曲がった腰。下を向く頭。彼の手は小刻みに震えていた。その光景に、芹花は再び驚いた。
(酒流さんが……謝ってる……。見下してた私たちに)
するとサチは、鍬を構えたまま言った。
「この腕輪は、一体なんなんですか。なぜそんなに重要なものなんですか?それを聞かせてもらわないと、外すのに協力はできません」
怒ってはいるが、きっぱりとした冷静な口調だった。それを受けて、酒流は肩を落として長い息をついた。
「それは……私にとって、大事なものなんだ。私はこの十数年間、その腕輪を探していた。この説明だけじゃ、だめかい」
「ダメです。なぜ、どう大事なものなんですか。ちゃんと教えてください。でないとこれ、工具でねじ切りますよ」
彼は白衣のポケットから植物用のペンチを取り出した。固い枝も楽々切れるすぐれものだ。サチはその鈍く光る太い刃を、芹花のブレスレットにあててカチカチさせた。
「本当にやります。あなたは芹花を殺そうとした。それに比べれば、こんな腕輪を壊すのなんて!」
その仕草を見て、酒流はびくっと手を震わせ――さきほどよりも深く肩を落とした。とうとう観念したようだ。
「チャモロコシを作る前に、元になったチャノキがあったって話をしたろう?」
「ええ、覚えてます」
「それを作った人物は、私が面倒を見てやった。ここにも来た事がある。君も覚えているだろう……?」




