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聖植物園日誌  作者: 小達出みかん


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30/40

酒流の農業学

 芹花がそう言うが早いが、武装した男達が部屋へ侵入し、あっという間に3人は囲まれた。酒流は真ん中までゆっくりと歩き、首を振った。


「やれやれ、こんな事になって残念だ」


 銃を突きつけられながらも、松田が酒流にくってかかった。


「なぜここに!?俺の後をつけたんですか!?」


 酒流はふっと笑った。


「君は秀才だが、甘ちゃんだ。少し前から監視をつけさせてもらっていた。あれほど、芹花君の事は口止めしたのに」


 大樹が話に割って入った。


「俺も芹花も、もうすべて知ってます。あなたが芹花を殺すつもりだったってことまで」


 その言葉を聞いて、酒流はくいっとあごで男たちに指図した。とたんに大樹は男達に手足を拘束された。


「やめてっ!大ちゃんを離して!酒流さんっ!」


 芹花はキッと酒流を見据えて言った


「芹花君…君に対しては申し訳ないと思っている。本当さ」


「うそ!ちっとも思ってない。私…酒流さんのこと信じて、仕事頑張ってたのに!」


「そう、その通りさ。私は君に仕事を提示した。分不相応な金と引き換えに、だ。少しは疑わなかったのかい?」


 その口調に芹花はかっとなった。


「だましたのはそっちでしょ!?命を売ったつもりはない!1千万じゃ安すぎる!」


「ハハハハハ!!」


 酒流は面白くてたまらないというように大声で笑った。


「芹花君は、面白い子だねえ。だが、人間というものを知らなさ過ぎる。教えてあげよう、歴史の授業だ」


 酒流はソファに腰を下ろして、語り始めた。




―その昔、人類は農業を知らなかった。マンモスを狩ったりして生きていたわけだ。そのおかげで人間はおおむね、平和に暮らしていた。なぜって胃袋には限界があるからね。どんな欲深な奴でも、お腹がいっぱいになればそれ以上食べれない。だから大きな獲物を手に入れたら、皆で分けあう。肉は保存がきかないし、分け与えた方が自分も困ったとき人に分けてもらえるからね。食料を分けあうのは、生存するため必要な行為だった。


 ところが植物の種はちがう。種は保存ができる。つまり貯めることのできる『富』なんだよ。当然皆がたくさん種をほしがる。そこで人々は畑を耕し続け、農業は発展してきた。

 そして『富』は奪い合うこともできる。たくさん貯めることの出来る人と、そうでない人の差が生じる。それは争いに発展する。だが農業の富の味を知ってしまった人類は、もはや元の平和な暮らしには戻れない。


 しかし、その富こそ人間を強くし、ここまで発展させた。もはや我々と農業は切っても切れない仲さ。どちらかが滅べば、また一方も滅びるだろう。


…その危険の一歩手前で、今我々は踏みとどまっている。何によって?

そう、我がGNG社の功績によってだ。我が社の野菜たちが世に出ていなければ、人類は飢えて滅んでいただろう。


 確かに、汚い手もたくさん使ってきた。だが結果的には遺伝子組み換え野菜が流通したおかげで皆飢えずにすんだ。


 だから次の段階に進みたい。人類を復興させるのだ。以前のような暮らしを取り戻してみせる。その一歩はまず、芹花君。君が見事に育ててくれたあの「チャモロコシ・ワン」さ。


 これは社の方針なんてものではなく、私の全人生を掛けた使命だ。また誰もが太陽の光を浴びれる世界を、必ず実現させてみせる。


…けれども、この業界にも魑魅魍魎がうごめいている。残念ながら社内の人間も信用はできない。保身や権力固め、金もうけの事しか考えてないうじ虫共に、チャモロコシを横取りされたり、先を越されたりすれば人類の復興がそれだけ遠のく。安全対策が何十にも敷かれたこの島でも、過去邪魔が入った事があった。


だからどうしても君が必要なんだ、芹花君。残酷に聞こえるだろうが、わかってほしい―



 酒流は話を終えて芹花を見た。その眼差しは意外にも真剣だった。

 …これが紛れもない、彼の本心なのか。芹花はいったん怒りを脇において考えを巡らせた。

 彼の目的そのものは、芹花も賛成できるものだった。何よりもチャモロコシが成功すれば両親を含め助かる人が多いだろう。問題は、彼の要求と芹花の要求が決定的に違うところだ。


「…つまり、私がこのまま生きていれば情報を抜き取られる心配があるって事ですね。私にはGPSを埋められないし、勝手に自分で動き回る可能性があるから」


「言ってしまえば、その通りだ。君が島を出るだけ、その危険性は増す」


「なら母さんとの約束は、全部嘘だったんだ。私は一生家族には会えない…はずだった」


「…そうだ」


 酒流はさすがに言葉少なに答えた。だがその表情に後悔や申し訳なさはなく、確固たる意志だけが感じ取れた。


(だからといって、このまま私もサチさんも死ぬなんて嫌だ、絶対に…!)


 だが状況は悪い。全員身動きが取れないよう包囲されている。


(考えて…よく、考えて決めないと)


 かつて大樹が言った言葉が思い浮かんだ。芹花は覚悟を決めて、まっすぐ酒流を見た。


「……わかりました」


 芹花は男達の腕を振り払った。思ったとおり、男達は芹花には手出ししてこなかった。


「いずれ私を殺すつもりでも、さすがに「今」は困りますよね?」


 いかにGNG社に技術があっても、今芹花のクローンが完成しているとは思えない。まだ芹花自身に利用価値が残っているはず。酒流は面食らったがすぐにいつもの表情に戻った。


「…たしかに、サチ亡き後、次のクローンの完成まで君には仕事をしてもらうはずだった…が、君がすべて知ってしまった今、元のシナリオどおりに行くと思うかい?」


 言い放ったその顔は凄みがあったが、芹花は負けじと言い返した。


「思いません。でも、酒流さん。私はあなたと話がしたい。さっき私に対して申し訳ないと思ってるって言いましたよね。なら少しくらい、聞いてくれてもいいでしょ?」


「ふむ、たしかにな。いいだろう、何の話だい?君の兄君やサチの助命嘆願、とか?」


 芹花はポケットの中の大樹の携帯をぎゅっと握りしめた。このカードをどう使うかに、全てがかかっている。


「いいえ、そんな話じゃありません。ビジネスの話です。私と酒流さんで取引したいんです。酒流さんだって穏便に済ませたいでしょ?損はさせませんよ」


 芹花は精一杯余裕を装って笑った。


「驚いたなあ。まさか、取引できるようなものを持っているとでもいうのかい?」


 酒流は呆れたように言った。明らかに信じていない。


「私、誰かと違って嘘つきません。出し惜しみもしません。私の取引材料はこれです」


 芹花は携帯を酒流に差し出した。それを受け取った彼の顔色が徐々に変わっていくのを、芹花は注意深く観察した。…よかった。この文書は、彼にとっても寝耳に水だったようだ。


「…芹花君、2人で話そうじゃないか」


「ええ、わかりました」


 その一言で、護衛たちは大樹たちを引き立てて退出していった。


「芹花、ダメだ、あぶない!」


「酒流!彼女に手出しは…!」


 叫ぶサチと大樹に向かって、芹花は精一杯の笑顔で言った。


「大丈夫!心配しないで!」


 さて、ここからが勝負だ。

 酒流は携帯を机の上に置いた。少し顔色が悪いが、もう混乱を収めたようだ。


「…君はこれを、どこで手に入れたんだい?」


「最初のページ、読みました?東谷博士が書いたものを島の端末に保存していたみたいですよ。私は彼のこと、よく知りませんけど」


「それで、芹花君はコレをどうするつもりだい」


 芹花は酒流に一歩、近づいた。


「酒流さんの目的は…ええと、人類の復興、ですよね?お金や出世ではないんですよね?」


「さっき言ったとおりだよ、芹花君」


「私も、同じです。人類の復興…まではスケールが大きすぎますけど、ドームで暮らす人たちのためにチャモロコシを完成させたいとは、強く願っています。皆が外で安全に仕事できるようになってほしいし、生活がもっと楽になればいい…これって、酒流さんの目的とそう違わないと思うんですよ」


「…まあ、そうともいえるかもしれない」


「だから私達、手を組みませんか?」



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