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聖植物園日誌  作者: 小達出みかん


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ファーストキスは海水の味

 芹花は耳を疑った。


「殺す…!?そんな、何のために…!?」


「…社の利益のために。酒流さんがあなたの母とした約束は、全部嘘です。面会や結婚を許していては機密は完全には保てない。だから準備が整い次第、あなたを事故に見せかけて殺害し、遺体を家族に返す計画でした」


「準備って…何の」


「今、本社はあなたの代わりを培養しています。あなたの細胞を使って、あなたと同じ、強い体を持つ個体を…」


 芹花はわけがわからなかった。悪い夢のようだと思った。


「つまりクローン人間だ。GNG社は、サンクチュアリでの仕事をこなす人間がほしかった。ようやく芹花を見つけたが、今の芹花では面倒だ。芹花は意志があるし、俺たち親族も黙っちゃいない。そうではなく完全に社に絶対服従する人材…クローンならばうってつけだ。そのためだけに作り出せるからな。で、時間を稼いだ後、用済みになった芹花本人はお払い箱。口なしの状態で俺たちに返却されちまう。そうなる前にお前を逃がしてやってほしいとサチさんから俺に連絡が来た」


「サチさんが、大ちゃんに!?」


 大樹も松田も、その様子を見て黙り込んでしまった。芹花の脳内はフルスピードで回転していた。電話は監視されているはずだ。こんな事が社にばれたらただじゃすまない。


(それに…私がこのままでは殺されるって、それなら残ったサチさんはどうなるの!?)


「大ちゃん、船を戻して!逃げるのはわかったけど、サチさんも一緒じゃないと!サチさんだって社に殺されてしまうかも…!」


 言い募る芹花に、松田が難しい顔をした。


「それは…できない」


「何で?!私だけ助かるなんて嫌だ!」


 運転席からなだめるように大樹が言った。


「芹花…彼がそう頼んだんだ。お前だけ連れて、にげてほしいと…」


 芹花はそれを聞いて逆上した。


「そんなの見殺しにするのと同じじゃない!船を戻して、おねがい!」


 わめく芹花を、松田がなだめた。


「落ちついて聞いてくれ…サチは、君のためを思って…」


 だが芹花は聞かずに訴えた。


「戻って、おねがい…!このままあの人とお別れなんて、いやだよ…!」


 松田は困ったように大樹を見た。大樹は首を横に振った。


「だめだ、芹花。戻っても意味が――」


 しかし芹花は大樹の説明を最後まで聞かなかった。桟橋までだいぶあるが、なんとかなる。そう瞬時に判断した芹花はためらわず海に飛び込んだ。


「お、おいっ!大樹、船を止めろっ…!」


 大樹は船を止め、運転席をたって松田の指差す方向を見た。モフチーも不安気に同じ方向を見つめている。


「あちゃー、アイツ…いつの間に泳ぎを」


 2人が呆然と見ているその間に。芹花は見事に波をかき分け桟橋にたどりついた。


「何て子だ…」


「仕方ない。松田さん、いったん島へ戻りましょう」


 これは、大変な説得になりそうだ…。2人はそう思い、渋面で肩を落とした。





 水を吸った服は重く、泳ぐ芹花の手枷となった。だが芹花は一心に桟橋を目指した。


「ふンぬおぉ~~~~ッッ!!」


 掛け声と共に芹花は桟橋に手をかけた。水に濡れた体を持ち上げるのは力がいったが、やっとの事で橋の上にどたりと横たわった。


(はあ、はあ、つかれた…)


 しかし休んでいる暇はない。逃げるのならば、サチも一緒に。社に見つかる前に、早く行かなくては。芹花は気持を奮い立たせて立ち上がり、アトリウムへ入った。全身水がしたたって、走りづらいことこの上なかったが、全速力でロビーまでたどり着いた。


「はあ、はあ、サチさんっ!」


「芹花さん…?!」


 端末に向かっていたサチはあわてて振り向いた。それと同時に手から瓶がすべり落ち、ガラスは砕け散ってどろりとした薬液が床に広がった。


(この液体…バグキラーEX…!)


 芹花にはなじみのにおいだ。農薬といえばGNG社のバグキラーEX。新パラコートと呼ばれるほど強い農薬で、人間でも直接飲んでしまったらただでは済まない。だが強い害虫も一発で駆除できるので、父も良くそれを使っていた。


「ちょっ…!何を飲もうとしてたんです!?危ないじゃないですか!!」


芹花はサチの肩をつかんでゆさぶった。


「芹花さんこそ…!まさか、船から…?」


 ずぶぬれの芹花を見て、サチは何が起こったか察したようだった。


「なぜ戻ってきたんです!せっかく船が…」


「だって、サチさんも一緒じゃなきゃ!何で私に相談もなく兄に連絡したんですか!これじゃだましうちですよ!一緒に行きましょう!さあ!」


芹花は力任せにサチの手をひっぱった。それに対してサチはポツリとつぶやいた。


「私は…行けないんですよ」


「何で!いけますよ!歩けるんだからっ!ここを出て船にのるだけ!ほら!」


「…もうじき歩けなくなります」


「え?」


 サチは芹花を見て微笑んだ。

 ――まさか、芹花が戻ってくるとは思わなかった。ここまできたからには芹花に真実を告げなくてはいけない。彼女の悲しむ顔は見たくなかったが、戻ってきたことにたとえようもなく喜んでいる自分を、サチは認めざるをえなかった。


「私は、もうじき寿命がつきます。免疫が弱まり、この体は細菌の温床となってくずれていくことでしょう。そんな姿を、あなたに見られたくなかった」


「そんな…それなら、一緒に外の病院に行って、治さなきゃ!!」


「これは治せるものではないんです。それに…私の体には、GPSが埋め込まれています。一緒に逃げたらすぐ見つかってしまう。だから行けないんです」


 芹花は蒼白になった。


「GPS!?何で、そんなものが…!?」


 サチはゆっくりと唇を開き、真実を告げた。


「それは…私が社によって作り出された、クローンだからです。私がもうじき死ぬので、社はかわりにあなたを探してきたのですよ」


 それを聞いた芹花は、絶句した。


「なに…それ…」


 どうすれば良いのだろう。逃げれば見つかる。だがこのまま弱ったサチを一人ぼっちで置いていくなんて、とてもできない。


「だから私はここに残ります。あなたは大樹と逃げてください。万が一GNGに見つかっても、有利に交渉できるよう大樹には方法を伝えてあります。さあ、早く戻って」


 芹花がこれほどサチを助けることを考えているのに、本人は最初から諦めている。芹花は腹が立って身体の底から抗議した。


「そんな事、できるわけないでしょ!?サチさんさっき、それ飲もうとしてたよね!もしかしなくても死ぬつもりだったんでしょ!?そんな人を置いていくなんて絶対嫌!一生寝覚めが悪くなる…っ!」


 サチは首をかしげて、しょうもない駄々っ子を見るように笑った。


「困りましたね…そんなに駄々をこねないでください」


 とうとう芹花の怒りは頂点に達した。感情を映すその目から、激情の涙が落ちそうになる。


「困ってるのは、こっちですよ!何で最初から諦めてるんですか!ちょっとはこっちの身にもなって下さいよ!」


 怒りで真っ赤になった芹花の頬に、サチは手をのばした。そして思った。濡れていてさえ、温かい。


「一生、寝覚めに私の事を思い出してくれるなら、それで十分です」


サチはそういって芹花の唇に自分の唇を重ねた。


「……っ!?」


 それまで暴れていた芹花は一瞬で静かになり、固まってしまった。


「だから早く、行くんです」


 名残惜しく思いながらも、唇を離してサチはそう告げた。衝撃から覚めやらぬ芹花はただ首を振った。


「そんなこと、できないってば…!」


 至近距離のサチの瞳に、芹花自身の姿が映っているのが見えた。オレンジとも金色ともつかない、琥珀色の美しい瞳に。


「えへん、えへん」


 その時背後で咳払いの声がした。芹花はあわてて振り向いた。


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