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聖植物園日誌  作者: 小達出みかん


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22/40

夜のビーチで一触即発

 顔が近いので起き上がることができず、芹花はやっとそうつぶやいた。海のものでも風のものでもない、薬品めいた甘やかな匂いが鼻をかすめる。しかし彼は厳しい顔つきで言った。


「…どこへ行く気ですか」


 芹花は面食らった。


「どこって…どこも行きませんよ」


「海にきて何をするつもりですか」


 サチの目は熱でもうろうとしながらも強く芹花を見ていた。芹花はサチが心配になった。熱が上がってどうにかなってしまったのだろうか?


「何って、海水浴…?それよりサチさん、熱は大丈夫すか」


 芹花は手を伸ばしてサチの顔に手を当てた。砂浜より温かい。


「やっぱり熱、下がってませんね。戻らないと」


 サチはそこでふと目を閉じた。よける間もなく、サチの体の柔らかな重みが芹花の上に落ちてきた。


(ちょっ……何………!?!?!?!)


 覆いかぶされた形になった芹花はあせったが、すぐに落ち着きを取り戻した。自分のほうが身体は強いのだ。たぶん。


「サチさん、大丈夫ですか、サチさーん」


 伏せられて見えないが、ちょうど芹花の頬の横にサチの顔がある。ドキドキするのを必死に抑えて、芹花は聞いた。返事はない。


「具合、わるいですか?立てます…?」


 芹花は腕をサチの肩にまわしてトントンとした。


「大丈夫…です」


 芹花の耳元でサチが言った。その感覚に全身が粟立った。素肌にサチの体が触れるのを感じた。そういえば今自分は泳いだ後で、水着なのだった。


(この状況…まずいのでは!?)


 今さらながらにそう思った芹花は両手をサチの背にまわし、ぐっと抱えてそのまま起き上がった。


「ふぅ…サチさん、帰りましょう」


 両手を話してそう言っても、サチはぼんやりと芹花を見たままだった。モフチーも心配気に彼女を見ている。


(具合が悪いのか?…こんな時、さっと抱き上げたりできたら、便利なんだけど)


 さすがにそれは難しそうだ。変わりに芹花は彼に手をさしだした。


「帰りましょ。つらい時は、寝るのが一番ですから」


 おずおずと、彼が芹花の手を握る。ずいぶん素直だ。相当に具合が悪いのかもしれない。芹花は彼を引っ張って立ち上がった。


「よっこい、しょ…」


 道中サチは不気味なほどしゃべらなかったが、戻ってソファに座ると弁解をした。


「…あなたが、島を出て行くかと思ったんです」


「ええ?まさか。何でそんな事。だいたいどうやって出て行くんですか、船もないのに」


 芹花は笑ったが、サチはうつむいた。


「すみません。熱のせいで…嫌な夢を見て、混乱してしまったようです」


 その声は小さく、少し震えていた。芹花は、彼のとなりに腰を下ろした。


「どんな夢だったんですか?よかったら、教えてください」


「教える…あなたに?」


 サチは暗い表情だった。


「ほら、辛いことって誰かに話すと、ちょっとラクになったりするじゃないですか」


「どうやって話せばいいか…わかりません」


「うーん、そっかぁ…」


 そういわれると芹花もそれ以上無理強いはできず、しばし沈黙が流れた。


「…だから、芹花さんが話してください」


「ンー、何を話せばいいですか?」


「芹花さんのこと…なぜ、チャモロコシの栽培に熱心なんですか」


「それは…」


 芹花はドームの環境や家が貧しいこと、両親の体が心配な事を話した。


「このままじゃ、きっと2人とも体を壊しちゃう。外で働く人はみんなそうだから。でも、チャモロコシが成功して、皆の口に入れば…」


「助かるかもしれない?」


「…そう思ったんです。だから何とか芽を出させないとって。屋根に植えたのは思いつきで、偶然すけど…」


 芹花はそこで自分の話を終わりにした。


「サチさんは?次はサチさんのこと、教えてくださいよ」


「私の…何を?」


 芹花は冗談めかして言った。


「うーんと、まずは誕生日、血液型、身長体重に家族構成」


「誕生日は2月10日、血液型はB、身長体重と家族構成はわかりません。長い事計ってないし、家族はいないので」


 まずい事を聞いてしまったと芹花の表情は固まった。


「…すみません、無神経なこと聞いて」


「別にいいですよ」


「でも、なんというか…家族、親代わりの人はいたんですか?」


 サチは視線を宙に上げた。


「私はごく小さい頃にこの島に連れてこられました。先住者がすでに居たのですが、彼は親代わりというには無理がありますね。死なないよう最低限面倒は見てくれましたが」


「その人…どんな人だったんですか?」


「私どころか自分にもかまわない人でしたね」


 それを聞いて芹花は合点がいった。どうりでいただきますも、体温計の計り方も知らないわけだ。


「なので私は家族とか、友人といったものがよくわからないのです。この場所に居る限り、必要もないですし」


 芹花はそういうサチの手をぎゅっと握った。サチは驚いて芹花を見た。


「何言ってるんすか!私たち仲間だし、もう家族みたいなもんですよ!」


「仲間?」


「だって、チャモロコシを成功させようって、2人で頑張ってるじゃないですか。だから仲間ですよ!それに同じ屋根の下で過ごしてるんだから、実質家族ですよ」


「…血が繋がっているのが家族ではないのですか?」


「血のつながりは、関係ないですよ」


「それは…納得できません。では家族とは何なのですか?」


 芹花は胸を張ってこたえた。


「サチさんが熱を出したら、私は看病します。心配だから。サチさんが今日、私を探しにきたのも心配だったからでしょう?そういうのが「家族」だと思います」


「相手が心配なら「家族」なんですか?」


「うん。心配したり、助けたりする。お互いに。2人なら楽しいことは2倍、辛い事は半分こ、ってよく言うじゃないですか」


「楽しいこと…」


 サチの目がまた宙を泳いだので、芹花は再び手を取った。


「せっかく夏ですし、楽しい事もしましょうよ!あっ、そうだ、花火があるんだった」


 次々と芹花の頭の中に楽しい事が浮かんだ。


「カキ氷も作って食べて…夜なら海にも入れるし!テレビも食堂で一緒に見ましょう!」


 サチにはどれも想像がつかなかったが、芹花につられて彼も微笑んだ。


「ええ…そうしましょう」


 微笑むと驚くほど彼の印象が変わり、芹花は目を丸くした。


「わ、わ、笑ったーーー!!」


 ひょっとして、茉里が好きなかっこいいアイドルより、ずっと美しいんじゃないか?


「な、何ですか…」


「いいえ、何でも!」


 笑顔は一瞬だった。まるで雨上がりの虹みたいだ。この瞬間を覚えていようと芹花は強く思った。


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