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金!かき集めろ

「俺は奨学金をもらえないそうなんだ」


「そんなはずない、だって満点だったじゃん!」


「奨学金の枠は十名しかないのに、満点の希望者はそれ以上いたんだ。だから俺は枠から外された」


「な、なんで?なんで大ちゃんが外されたの?」


 大樹は少しためらってから言った。


「全員満点なら、別の所で順位をつけなきゃならない。奨学金は、優秀だけど経済的に厳しい人に優先的に渡されるものだ。だからたぶん…」


「他の人は、うちより貧乏だったってこと?うちだってそうなのに!」


「うちは父も母もいて、ちゃんと仕事がある。これは恵まれていることなんだよ。同じくらい優秀で、両親がいる人といない人。芹花だったらどっちにお金を渡してあげる?」


 芹花は言葉に詰まった。たしかに兄の言うとおりだ。だけど。


「そんな…せっかく合格したのに。大ちゃん、研究して…父さんと母さんを楽にしてあげたいって言ってたじゃん。なのに…」


「あれ、そんな事言ったっけ?」


「言ったよ。外の作業は辛いけど、薬ややりかたを工夫すればもっと楽にできるかもしれないって。でもだれも外で作業する人の事なんか考えないから、自分がそれを作ってみたいって。今年がだめならまた来年受験するとか、できないかな?」


「受験するだけで、けっこうなお金がかかる。今回それが全くの無駄になってしまったんだ。もうこれっきりにしないと」


「そんな…」


「卒業したら、俺は親父の仕事を手伝うよ。これだって立派に両親を助けることになるだろ?心配かけて悪かったな」


 大樹は微笑んだ。芹花はもう何も言えなかった。でも内心では叫びたいほど悔しかった。




「みんなバイバイ!また明日ね」


 笑顔で幼い子ども達に手を振り、芹花はバイト先の託児所を出た。本当はもっと働きたい。大樹の大学の入学届の提出期限まであと一ヶ月。一ヶ月のうちに50万用意できれば、入学金はなんとか払える。


(貯金の一万五千円に、今月のバイト代と、前払いしてもらった分…)


 全部でやっと、十万円だ。もっとワリの良いバイトはないだろうか…。じりじりと胸算用しながら、芹花は駅までの道を急いだ。すると人ごみから、見知らぬ男が芹花に声をかけてきた。


「ねえ君、高校生?稼げるお仕事興味ない?」


 男の言ったその一言に、思わず芹花は立ち止まった。


「稼げる…?どのくらいですか」


「君が稼ぎたいだけ、稼げるよ!興味があるならちょっと一緒に…」


 その時、誰かが芹花と男の間に割り込んできた。


「おい芹花っ、こんな所で何してるんだ!…いくぞっ」


 男から離れたあと、大樹は厳しい顔で言った。


「なんであんな男についていこうとしてるんだよ、危ないだろ」


「ついていこうなんてしてないよ、仕事があるっていうから、話きいてただけ…」


「そんなの、まともな仕事なわけないだろ!」


 そういわれて、芹花は立ち尽くした。大樹はそれを見て少し声を和らげた。


「芹花、最近めいっぱいバイト入れてるだろ。もしかして、俺のせい?」


「…そ、そんなこと…」


 芹花は否定したが、大樹の目はごまかせなかった。大樹は芹花の肩に手を置いて言った。


「…今のおっさんについていってたら、どんな目にあっていたか。そんな金で大学行けたって、俺は絶対いやだよ。母さんや父さんも悲しむ。わかるだろ?」


 芹花は呆然とした。仕事の内容がようやく思い当たり、肩が小刻みに震えだした。普段の自分なら素通りしていただろう。だが余裕のなさからつい立ち止まってしまった。


「…ごめん…」


 家族の顔を思い浮かべたとたん、情けなくてうつむいてしまった。


「ほら、帰ろう。」



 二人は駅を抜けて住宅が立ち並ぶ区画へ入った。このドームの住宅は全て同じ企画で、コンクリートの4階建てのアパートが整然と並んでいる。すこし落とされた照明の中で見るその光景は、灰色の迷路のようだった。全く同じ、鉛色の建物が延々と並んでいる道を歩いていると、芹花はたまに自分がどこを歩いているのかわからなくなる。  

 だが今日は隣に大樹がいた。昔の帰り道のように。


「もう無茶すんなよ。バイトもあんまり夜遅くならないようにな」


「だって、このまま大ちゃんが諦めるの、悔しくて…」


「俺のことは、もういいよ。芹花には自分の事を考えてほしいよ。卒業後の事とか」


 その言葉に、芹花ははたと気が付いた。自分の事なんて考えたこともなかった。ただこのまま、ドームを出ることなく死ぬまで生活する…そんな漠然とした未来しか思い浮かばなかった。


「ぜんぜん何も考えてない…」


「芹花だって来年3年なんだぞ。少しは考えといたほうがいいぞ。何かやりたい仕事とかないのか?」


「うーん…」


 その言葉に芹花は考え込んだ。本当の事を言えば、都会のドームに行ったり、何か大きなことをしてみたい。別の世界を見てみたい。

 だが能力のある大樹ですらそれは叶わなかったのだ。自分などが望める事ではない。だとしたら…。あまりに眉間にシワをよせているので、大樹が助け船を出した。


「託児所のバイト、けっこう長くやってるよな。向いてるんじゃないか?」


「そっか、託児所のシッター…」


 野菜を育てるのも好きだが、子育てを手伝うのも良いかもしれない。芹花はふとそう思った。家では末っ子の芹花だが、小さい子たちと関わるのは楽しいし、世話もそつなくこなせた。

子どもたちは帰っていく時、「またあそぼうね」と言い、母親は「お世話様です」と声をかけて帰っていく。それを見送る時、自分が今日ちゃんと人の役に立ったという気がして、なんだか嬉しくなるのだった。

 それに、家を手伝うより、外で仕事をして来たほうが利益が大きく、両親は助かるだろう。


「うん、私、保育士になる。働きながら資格を取って、給料アップを目指す!」


 今度は大樹の眉間にシワがよった。


「俺、今適当に言っただけだからな?そういう大事な事はよく考えて決めろよ」


「今考えたよ、ちゃんと」


 憮然とそういう芹花に、大樹はため息をついた。


「昔から芹花は考えなしですぐ飛びつくんだから…モフチーの時だってそうだ」


 そこを言われると反論できない。なのでへへと芹花はごまかし笑いをした。


「だって可哀想だったし、それに…モフチーがきて、結果的にはよかったでしょ?」


 いけないことだとはわかっていたが、それでもモフチーを見捨てることはできなかった。だから芹花は何をしてもモフチーを守ると決めたのだった。健康検査の時には嘘をついたし、ウイルスで引っかからないようあらゆる手を尽くした。


「まぁたしかに、モフチーのおかげで家が明るくなったよな…」


 大樹はうなずいた。きつい仕事から帰ると、モフチーはねぎらうように玄関まで迎えにくる。かと思えばもうお気に入りの椅子の上で寝始める。自由にのんびり生きている彼の姿を見ると、両親も自分も、つらい事はしばし忘れて心が和むのだった。


「だけど!それとこれとは別だ。芹花も卒業したら大人なんだから、よく考えて行動しろよ」


「う、うん…」


 今度ばかりは芹花も神妙にうなずいた。しかし大樹は、その後ふっと表情を緩めて言った。


「けど、そういうところが、芹花の良いところなのかもな。家に縛られる事はないぞ。このドームを出たっていいんだ。何か夢があるなら、それに向かっていけよ」


「そんな、夢なんてないよ。私は大ちゃんとちがって体力くらいしか能がないし。あはは」


 他愛ない話をしながら帰路についた二人だったが、玄関のドアを開けて固まった。中から怒鳴り声が聞こえてくる。


「いい加減にして!本当に何考えてるの!」

 

 純子の怒りは、ソファのすみで小さくなっている父へ向かっていた。


「父さん、何したの…?」



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