マジでがんばるぞ
隣に座っている松田が肩をすくめた。
「また酒流さん、そんな大げさな…」
「何を言う。このすごさは君が一番良く知っているだろう、君のチームが開発したんだからね。ほら、説明を頼む」
それを受けて、松田は端末を広げ、2人に向かって説明を始めた。
「この種は、特別に品種改良されたチャノキと、わが社のサンドストーム・トウモロコシを掛け合わせたものです」
表示された書類は実験レポートのようだ。サチはそれを手に取った。
「目的は、紫外線吸収ですか」
松田はうなずいた。
「このトウモロコシを摂取しつづければ、紫外線の下に出ても皮膚に影響が出なくなると僕は仮説を立てています」
芹花は目を丸くした。
「つまり、みんな普通にドームの外を歩けるようになるってことですか?!」
「その通りだよ芹花くん。ね、世界を変えるかもしれないだろう?」
芹花は机の上の箱をまじまじと見た。もしこれがうまくいったら…両親だけでない、たくさんの人が助かるかもしれない。だが松田は冷静に言った。
「…大げさですよ。これまでもその手の植物実験はたくさんありました。が、臨床実験にこぎつけた物すらごく一部です。これも、この島で育たなければそれまでです」
「失敗したら、また細胞実験からやり直せばいいじゃないか」
「無理ですよ。これ以上予算はもうつかない」
レポートを繰っていたサチが口を開いた。
「たしか数年前の夏に大気の紫外線を吸収する木の実験がありましたが、それも途中で予算が下りなくなって打ち切られた記憶があります。これは、その木を応用したものですね」
「そうなんです。その研究の前任者は、高山植物が持つ高い紫外線吸収能力に目をつけたんです。そこで吸収力を強化して木を作った。でも…」
口をつぐんでしまった松田の代わりに、サチが続けた。
「あれは、すぐ枯れてしまいましたね」
酒流は首を振った。
「失敗した上に、あれは成功したとしても食えないし儲けにならないって事で予算が切られて、研究はそこでおしまい。そんな事が…あったねぇ」
芹花は釈然としない気持ちになった。
「そんな…うまくいったらたくさんの人が助かるのに」
そういう芹花に対して松田は苦笑した。
「遺伝子実験は金がかかりますから…。一回の実験で4、5千万……一億もザラで」
「ひえっ…そんなに?」
「そうなのさ。研究チームも一つじゃない。上も優先順位をつけて研究費をよこすからみんな凌ぎを削ってるんだ」
サチがそこへ口をはさんだ。
「木自体が前回まったく駄目でしたから…さらに別の種と掛け合わせるとなると、これは厳しいかもしれません」
そう話すサチを、芹花はまじまじと見た。その表情はいつもの無表情や嫌な顔と違って、真剣で生き生きとしていた。
「僕もそう思います。ただ研究室内の温室では育ったんです。そちらの育成は順調なので、あとは外の環境でも育つか、なんです」
「量産できなければ、せっかくの紫外線吸収効果も無意味ですからね。…まずはここの温室からやってみましょう」
量産…芹花は自分の家族に思いをめぐらせた。ここで今まで、どれほどの種が発明され、そして葬り去られたのだろう。その何割が成功して、父や人々の手に渡っていたのだろう。
父の手は、黒ずんでいてタコだらけだった。母の手も同じだ。そして年々、健康診断の数値は悪くなっていく。両親の体は確実に蝕まれつつあった。2人は過酷な仕事で命を削って、芹花たちを育ててくれた。
(私の体は、2人の命でできている。たとえじゃなくて、マジで)
自分たちのやろうとしている事は、大自然から見れば無駄なあがきなのかもしれない。だが、芹花には希望が見えた。
(もしこれが成功したら…世界中の農家の人が助かるのかもしれない)
芹花は松田に向かって言った。
「頑張って育てます!毎日きっちり報告するんで、まかせてください!」
松田はその勢いに気圧されたようだったが、すぐに笑顔になった。強面だが、笑うと柴犬のような印象だ。
「そういってもらえると、ありがたいです」
帰り、芹花は桟橋まで2人を見送った。
「すっかり遅くなっちゃいましたね。帰り、気をつけてください」
日は落ち始めていて、海は一面オレンジ色に波打っていた。酒流と松田は船に乗り込んだ。
「ああ。今日はありがとうね、芹花くん。食料がまた足りなくなったら遠慮なく言ってくれ」
「はい!ありがとうございます」
芹花は元気よく頭を下げた。酒流は片手をあげ、松田は軽く頭を下げた。船は速度を上げ、あっという間に桟橋と芹花の姿は小さくなった。
「なっ、芹花君は良い子だろ。俺が見つけてきたんだぜ」
酒流は得意そうに言った。松田はそんな彼を横目で見た。
「彼女は、どこまで知っているんですか?」
「何も知らないよ。知っていたら来るわけないだろう?」
松田は目を見開いたあと、うつむいた。
「じゃあ、あの子は…。悪い人ですね。あなたって人は」




