学生の本分ですし
――ルルルルル…ロロロロロ…
やわらかいカナリアの声が、聞こえてくる。その歌声は人間の耳に心地よく、高くなったり低くなったりを繰り返している。人間を喜ばせるために、カナリアは朝な夕な歌っていた。
だが少年は、そのカナリアが好きではなかった。
物心ついたときからそれはいた。つまり、少年がこの島に来る前からいたということだ。
一つの情景が思い出された。
光差すアトリウムで、博士がカナリアの籠と向かい合っている。手に持った端末から、別のカナリアの声を流している。手本を聞かせて、カナリアがもっと上手に歌えるように仕込んでいるのだ。朝の光に照らされたその表情は穏やかだ。
――それは少年にとって、不快な光景だった。
(なんで博士は、鳥なんかに時間を費やすんだろう…)
その思いから、美しいはずのカナリアの声が少年にとってはただの雑音になってしまった。
(きらい……きらいだ……)
少年は耳をふさいで、かごにむかってそうつぶやいた――。
「うわーーー!」
芹花はそう叫んで机につっぷした。
サチに読めといわれた本はどれも難しかった。簡単に読み進められるわけがなく、3ページごとに芹花はこうして頭を抱えていた。
「アウ」
モフチーはベッドでごろんと手足を投げ出して横になっていたが、申し訳程度に顔を上げて芹花を見た。そのアーモンド型の目はうるさいなぁ、と思っているようでも、もうちょっと頑張れよ、と思っているようでもあった。芹花は都合よく後者と受け取ることにした。
「うん、もうちょっとがんばるよ、モフチー」
芹花は目をこすってもう一度本を開いた。すると、開いたページに薄い紙がはさまっているのを見つけた。何やら手書きの文字が見えたので、芹花はそれを手にとって読んでみた。
「①、ミントをひとにぎり、②、よく洗い、清潔な水に漬け込む、③、冷やす…これってあれか、ミント水の作り方?」
そこには、簡単なイラストと共にミント水の作り方が記してあった。たしか、丘の果樹園にはミントらしきものが生えていた。昔ここにいた誰かが、あのミントを利用しようと書いたものかもしれない。
(いいじゃん、やってみようかな)
まともな食べ物はほとんどないが、水とハーブならこの島は豊富にある。本物のミントをつけこんだ水なんて、きっと美味しいに違いない。
(よーし、明日つくってみようっと)
芹花はそのメモを引き出しにしまった。
『その上司って人、流星くんに似てるの?!気になる~!写真見たいよ!…やだ、つい興奮しちゃった。でも芹花大丈夫?そんなイケメンと2人きりで仕事してるなんて…ドキドキしない? 芹花が大人の階段、登っちゃわないか心配だよ…。モフチーは元気みたいで安心したけど。
そうそう、うちもとうとう猫を飼うことになったの。やっとママが折れてくれさー!これははじめて膝にのってきてくれたときの写真。ラグドールのマロンちゃんです!』
最近忙しくて見れなかった通話アプリをのぞくと、茉里から何通か写真つきの通信が来ていた。茉里の膝の上で、つんとした様子で首をかしげてこちらを見ているマロンちゃんは、子ねこなのに一丁前の表情をしていて芹花はついわらってしまった。
(かわいいなぁ…たまには、よその子を見るのもいいな)
新しい子猫のことは祝い、上司のことは何も間違いなどおこらないから安心してくれと芹花は通信アプリにしたためた。ドキドキどころか、同じ屋根の下に住んでいながら一言も言葉を交わさない日がざらなのだ。芹花は送信しながら首をふった。
「ない、ない。ありえない」
「何がありえないんですか」
急に後ろから声をかけられたので芹花は飛び上がった。




