反省だけなら猿でもできる
真夜中、芹花はそうっとロビーに忍び込んだ。サチが寝ているのを確認してから端末を手に取り、毛布を頭からかぶった。これできこえないはずだ。
(勝手に通信網を使うのは駄目っていわれたけど、家族に電話するんなら大丈夫だよね…)
芹花はそう言い訳して、端末から電話をかけた。
「…芹花?どうしたんだ、こんな時間に」
大樹は家族みんなが希望したとおり、大学へ進学していた。遠く離れたドーム東京から運ばれる声は、少しくぐもっている。が、確かに兄の声だ。芹花の顔に微笑みが浮かぶ。
「大ちゃん元気そうだね。一人暮らしはどう?」
「はは、芹花に心配されるなんてな。俺は元気でやってるよ」
「よかった。東京は怖いところって言うじゃん?で、大学ってどんなところなの?」
芹花の無邪気な質問に、大樹は丁寧に答えた。
「普通に生活してれば、普通のドームとかわりないよ。大学は…そうだな、ぜんぜん学校っぽくなくて驚いたよ。ゼミには毎日いろんな研究者とか出入りしてて、面白いよ」
そう語る大樹の声は生き生きとしていた。芹花はしみじみとよかったと思った。やっぱり兄は大学に行くべきだったのだ。
「で、どうしたんだ?なにか聞きたいことがあるんだろ?」
芹花は頭をかいた。何もいっていないのに、大樹にはばれている。
「それが…」
芹花はサチと言い合いをしてしまった事と高熱の事を話した。
「う~ん、どのくらいの強さで殴っちゃったの?」
「ち、ちからいっぱい…」
芹花は下を向いて小さな声で答えた。
「そうか…相手、骨折とかは大丈夫か?」
「う…わかんない。すごい痣にはなってたけど…」
「まあ見ただけじゃわからないよな。明日どう痛むか聞いて見ればいい。外側か、中側か。」
「うん、わかった。でも熱はどうしよう?」
「吐いたり、せきこんだりはしてなかった?」
「ううん、多分熱が高いだけだと思う…いつものことって、本人は言ってたけど」
「いつものこと…というのは慢性的な病気か、そういう体質なのか…でも妙だな」
「え、何が?」
「その島は、体が強い人しか暮らせないはずだろ。なのにその人は弱そうだ」
「たしかに。何でだろう。今度聞いてみる」
「いや、いいよ。それよりその人は何歳くらい?どこ出身なんだろう」
…そういえば、彼の年齢も、どこから来たのかも何もしらない。
「わかんないや…。なんかそういう事おしゃべりする空気じゃなくてさ」
大樹は少し面食らったようだ。
「どうしたんだよ、芹花は空気なんて読む人間じゃないだろ」
「さすがにあそこまでよそよそしくされると、取り付く島がないっていうか…」
「う~ん…謎の多い人物だなあ」
「…私もさ、正直あんな怖い人はじめてだよ」
大樹は声を落として慎重に言った。
「もしかして…メゲてる?あの…芹花が?」
「そんなことないッ!」
芹花は慌てて否定した。大樹に心配をかけるわけにはいかない。堂々と安心して大学に通ってもらうためにも、芹花が楽しく仕事していると思ってもらわねば。
「大丈夫、ぜんぜん!仕事も今のところ、楽ちんだしね!」
だが芹花のそんな強がりを見透かしたように大樹は言った。
「やっかいそうな人を相手にするときには、毅然と対応したほうが良い。たとえ上司でも、全部言う通りにしなくてもいい。でも、芹花も歩み寄らないとな?」
「歩み寄る…?」
「そ。気持ちよくすごすためには相手を尊重しなきゃね」
尊重とは、どうすることだろう。芹花なりに考えてみた。
「…やさしくするってこと?」
「それだけじゃないよ。その人は芹花や俺とはいろいろと違うだろう。でも違うからこそ俺らにはない良い所や、凄い所があるはずだ。そこを認めて、尊敬するんだよ。芹花がそういう気持ちを持って接すれば、今よりお互い気持ちよくすごせるはずだよ」
「そっかぁ…」
大樹に相談すると、いつも的確なアドバイスをくれる。芹花はうんうんとうなずいた。
「だからまず、その人の事知らなきゃ。口論のことは謝って、ちゃんと話してみるといいよ」
「わかった!ありがとう、大ちゃん」
カナリアの件に、彼の高熱…今日はいろいろなことがあって疲れたが、最後に大樹に電話ができてよかった。芹花はそう思うことにした。
「おやすみ、モフチー」
芹花はモフチーをひとなでして、一緒にベッドに入った。
窓から月の光が差し込んでいる。窓の外の夜空には、まばゆいばかりの星が光っていた。
(よし、明日はちゃんと、サチさんと話そう)
次の日の朝。一階に下りた芹花はサチを見て血相を変えた。
「何してるんです、寝てなきゃ駄目ですよ!」




