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お隣 空いていますか  作者: 夜夢野ベル
9/12

M駅停車

「まもなくM駅に停車いたします。お降りになるお客様はお忘れ物なさいませんよう、ご注意願います。この列車は途中、吹雪の影響で遅延しております。ご利用になられているお客様には、ご迷惑をおかけしていますことをお詫び申し上げます」

アナウンスの声に五十嵐は手を止めた。

「もうM駅ですか。早いね」

スマホの時計は予定時刻より若干遅れている。

「この駅には何も無いでしょう。終点のN駅まで何しに行くんですか、巽くん」

その言葉に青年は照れながら笑った。

「やっぱり、気付いていたんですね」

「ええ、この車両に乗ったら巽くんが乗っていたからね。いや、本当に驚きましたよ」

「もう五十嵐さんだってことも分かりましたから、敬語はやめてください。せっかく長いこと結構仲良かったのに、悲しいじゃないですか」

五十嵐は恥ずかしそうに小さく笑った。

「ごめんごめん。いや、ちょっと見ない間に大きくなっててさ。でも当然だよね。最後に会ったのは巽くんが中学生の時だったからね。大学生にもなれば私も緊張しちゃうよ」

「あ、そういえば」

と少し声を大きく出したのを、五十嵐は即座に指で抑えた。岸野は小さく頭を下げて、続ける。

「そういえば、ずっと気付けなくってすみませんでした」

「いえいえ。あの時と比べて、眼鏡をかけて、随分と筋肉も落ちて。髪の毛もこの通りだからね」

と黒色がまばらに残った髪の毛を右手で触った。

「ここしばらくは老いを感じるよ」

「何言ってるんですか」

とは言いつつも、その姿は確かに衰えすぎに感じる。

「高校ぐらいから見かけなくなりましたけど、何かあったんですか」

「いや、実はね……」

と五十嵐は溜め息混じりに話す。

「君たちがちょうど高校に上がった頃に肺炎を起こしてしまってね。それが結構重くなってしまって喘息を持ってしまったんだよ。しかしね、いくら病気だからと言っていつまでも休んでいるわけにはいかないし、喘息は感染しないし、何よりも働いていないと暇で暇で。I市の警察署に掛け合って警察署勤務に変えてもらったんだ。それからしばらくはサイバー犯罪を中心にやっていたんだけど、一昨年からはかなり体も良くなって動けるようになったんだ。しばらくそのまま働いていたんだけどね。色々あって今はI市署がやってる捜査のお手伝い中なんだ」

「そうでしたか。その様子なら元気そうで何よりです」

「話を戻そうか。N駅に何をしにいくんだい」

「ああ、その話でしたっけ」

岸野はカバンからパンフレットを出した。それは新しいウィンタースポーツリゾート施設の案内だった。

「ご存知ですか、この施設は」

「ああ、覚えがあるよ。そろそろ開業予定の大型施設じゃないかい」

「ええ。このホテルの運営業務に父が関わっているんです。海外資本のリゾートばかりが流行ってしまって、国内ベンチャーが地団駄ってな感じですかね。それでここら辺の話に詳しくて権力のある父に回ってきたんです。祖父はさすがに歳ですからね。正直言って、実業家だったらいざしらず、受け継いだ農地を耕す農民に過ぎない父に何を任せるんだ、って感じはしますけど」

と呆れながら溜め息を吐く。

「大学が冬休みで、帰省してたんですよ。そしたら父さんに呼び出されまして。暴風雪明けの来週にこのホテルがプレオープン予定なんですけれど、その前に若者の視点から様子を見てくれ、と言われて向かってるんです」

「農民に過ぎないとはお父様に失礼だよ、巽くん」

と五十嵐は優しく説く。

「話によればI市のショッピングモールにJ町の名産品の専門店を開いて、ついでにそこの野菜を使ったレストランも出して大盛況らしいじゃないか。レストランの支店をX市にも開くって話も聞いてるよ。立派な実業家じゃないか」

「全く……運よくやってる身の程知らずですよ」

と口で言ってるが、耳は赤くなっていた。五十嵐は微笑ましく思い、口元が緩む。

 そんな中で列車が停止した。岸野は何気なく扉に目をやる。すると、屈強そうな男たちがまた三人、乗り込んできた。明らかに異様な状況である。

「あの……五十嵐さん。どういう状況でしょうか……」

五十嵐は顔を岸野の方へ向け、ギッと目を見開いた。そして低い声で尋ねる。

「君に警察官として助言しよう。ここで降りた方がいい。次に長年隣にいた友人として頼ませてもらおう。N駅まで来て欲しい」

岸野はゆっくりと頷く。

「分かりました……」

そして背中を背もたれに預けた。

 列車がゆっくりと進みだす。

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