緊急停車
キーッと耳の奥まで切り込む高い音を鳴らして列車が止まった。一瞬体が慣性で前方へ傾いた。
「ただいま、暴風雪により前方の確認が取れなくなったため、緊急停止いたしました。天候が収まり次第、発車します。お客様にはご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください」
青年がJ駅でこの列車に乗った時点で既に風雪は強かった。曇りきった窓を袖で拭って外を覗くと、雪はその時よりも更に勢いを増していた。時刻的に空が若干暗くなっているのもあるが、確かに窓の外に見えるはずの木々は雪の陰影にその姿を隠していた。
「はあ、停車か……」
「お急ぎでしたか」
「い、いえ。そういう訳でもないですけど」
そういう訳ではないが進まないのは不愉快である。言葉に出ずとも表情に出ていた。ついでに目でも訴えようと青年は男の方を見たが、男は青年ではなく、最後方に座っていた男性に意識を向けていた。肘を付き、反対側の窓を見ているフリをしているが、明らかに男を観察しようとしていた。後方の男性は両手をポケットに入れて肩を縮め、まるで中から吹き出す何かを食い止めているようだった。
「まあ、強く降ってはいますが、ここまで走ってきたのですからすぐに動き出すでしょう」
そう言って男は前方を向き直した。
両者の間に沈黙が訪れた。男は恐らく声が響くのを嫌って黙っているのだろう、と青年は考えた。ずっと声を上げることに対して注意し、線路の音が十分響くようになってから隣の自分にしか聞こえないであろうぐらいの音量で喋り続けている。間違いない。その気持ちを考えれば、青年が採るべき選択肢は共に黙ることであった。しかし青年は言いたいこと、もとい聞きたいことがあった。列車を走り出した時に先んじて聞けばいいだけのことではある。ものの数分、長くとも数十分まてば訪れる機会である。それを待とうか、それとも好奇心に負けて聞いてしまおうか、青年は悩んだ。その様子を横目に見ていた男は尋ねる。
「もう、お気付きでしょう」
「え?」
青年は少し慌てた様子だった。
「まあまあ。気にしなくて結構ですよ」
そう言って男はペットボトルに口をつけて一口だけ飲んだ。
「やっぱり……」
「もう聞く必要もないかもしれませんが、もう少しだけお付き合いください。この列車も意外と早く動き始めそうですし」
そう言って男は外を指さした。つい数分前まで真っ白に視界が飛ばされていた世界には色が戻りつつあった。相変わらず空は暗いままだが、線路周辺に置かれた電灯が僅かに木々を照らしている。それを青年が確認するのを待っていたかのようにアナウンスが流れた。
「ご乗車になられているお客様にご連絡申し上げます。先ほど悪天候のためこの列車は緊急停車をさせていただいておりましたが、運転の安全が確保できましたため、運行を再開いたします。これにより現在遅延が発生しております。お客様にご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。なお、この列車は今後も揺れたり停車をしたりすることが考えられます。お立ちになられるお客様はなるべく手すりに掴まり、転倒などに十分注意して移動なさいますようよろしくお願いいたします」
アナウンスを終えると同時に列車はゆっくりと前進を始めた。そしてまたすぐに線路の音が車内に響き渡る。それはもう出囃子のようで、男はそれを合図に話を始める。