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お隣 空いていますか  作者: 夜夢野ベル
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第1区間

 少年が立っていたのは、見渡す限りに広がる萌葱の絨毯の真ん中でした。小学校からの帰路は長くて、短い足ではなかなか家に辿り着くにも一苦労です。都会の私立小学校に通う生徒たちは毎日満員の列車に揺られながら、その小さな体を細い足で支えて登校しているそうですね。いや、本当に大変だなと思います。しかしながら、畑が広がる辺鄙な地の小学生だって、負けてはいないです。景色がどこまでもどこまでも変わらなくて本当に歩くのが退屈です。自分が一体どれだけ進んでいるのか、本当に家に近づくことができているのか、この道を永遠に進んでも家に辿り着くことはないのではないか。毎日歩いているはずの道でもそんな風に感じさせてしまう程、そこは何もない場所だったんです。登校はそこまで苦ではなかったそうです。お父さんが仕事に向かう車に乗せてもらうことができて、それでも一時間弱は歩かなければならなかったそうですけれども。でも帰りはそうはいきません。車は一台しかないし、それを使っているお父さんは夜遅くに帰ってきますから。おおよそ二時間の道をひたすら歩いて帰っていたそうです。二時間という距離はどうか分かりませんが、長距離を歩いて登校している生徒は決して少年だけじゃありません。周りの子達も同じ地域の子供ですから、みんな長い時間歩いて帰っています。とはいえ他の子達はもうすでに五年間に渡ってその帰り道を歩いていましたから、馴れたものです。日々の投稿に加えて休み時間も休日も、友達同士集まって山や神社の境内を走り回って育っていました。

 少年は違いました。つい半月前までは東京の学校にいたのです。

 内向的な性格で運動も得意ではなく、休み時間はいつも学校の図書室で小説を読んでいました。四年生当時はミステリー小説がとても好きだったようです。ええと……名前は忘れてしまいましたが、海外の有名な小説を児童文学にアレンジして翻訳した小説を出版している会社がありまして、そのシリーズを好んで読んでいたそうです。友達が何人もいるクラスの中心人物、というような子ではありませんでした。とはいえ、仲間外れにされていた訳ではありません。内向的ではあっても人と喋ること自体が苦手な訳ではありません。自分からわざわざ話しかけて行ったりしないだけです。ですから、友達が喋りかけてくれば楽しくお喋りはできますし、よく一緒に話す友達も男女数人いたそうです。それに、科目を問わず勉強が得意でしたからね。友達に勉強を教える、なんてこともよくやっていたようです。特段好きなのは社会科の歴史分野でした。縄文時代のクニから始まり、戦、天皇、将軍、宗教、様々な要素が絡み合って、今の日本が存在しています。少年はそこに感動を覚えたのでしょう。日本という国は歴史を学ぶには本当にいい街です。そして東京はある意味で最も勉強するに相応しい土地かもしれません。その中心部には摩天楼がいくつも聳え立って、最先端の技術を見せつけています。それと同時に、百年前、千年前、二千年前とあらゆる年代に作られた宗教建造物がありますし、風習のいくつかも残っています。少年は長期休暇の度にそれらを巡って楽しみました。

 そんな少年がある日突然に田舎へと行くことになってしまったのです。原因はお父さんのお仕事でした。

 お父さんは旧帝国大学を卒業したエリートで、その経歴に恥じぬ上場企業に就職しました。建設事業にまつわる会社で、彼は聞けば誰もが知っている高級ホテルリニューアルに関する現場チーフを引き継いでいました。失礼、現場チーフという呼び方が正しいかは、私はその業界の人間じゃないのでわかりませんが、本社と現場を繋ぐ責任者であったと思っていただければ。

 話は彼がその職に就くより少し前に遡ります。先ほどリニューアルと申しましたが、実際は新設です。それまで建っていた場所が新たな開発を行う地区に入ることになった、というよりも入れてもらったという方が正しいですかね。建物も古くなっていましたから、ガタがある部分も増えてきていて、改修の予定がそもそもあったらしいです。そこへちょうど近隣地区の大規模開発の話があったため、それに乗じてホテルを立ち退き地域に入れさせ、そこで得た立ち退き金を使うことでいっそ新設を、という流れだったそうです。全く同じホテルを建てても仕方ないですから、デザインなどにも惜しみなく力を注ぎ、完全に新しく、なおかつそのホテルの歴史を穢さぬものを造る。そのホテルからすればまさに社運をかけた大規模建設工事であったのです。しかも、完成予定日から二年後には、東京都で過去最大規模の首脳会談も予定されています。日本を代表するホテルの一つとして、当然多くの政府高官を泊めて更なるイメージアップを図るつもりです。もちろん、これがうまくいけば建設会社側にとっても非常に大きなアピールになります。両者にとって全力を出して挑む企画だったのです。

 そして遂に工事が始まりました。およそ十年に渡る建設です。最初の方は特に大きな問題も起こらず淡々と進んで行きました。しかし五年目に問題が起こります。先ほどお話しした通り、ホテルは元々建っていたホテルの場所を立ち退き地域に入れさせました。この時、ホテルは国交省の上層部の人間に賄賂を渡し、その人間が開発事業者に圧力をかける形で入れさせていました。それを雑誌記者にすっぱ抜かれ、大々的に報道されてしまったのです。立ち退き料には東京都から出ていた補助金もかなり含まれていましたから、それの是非に関する市民の声が大きく上がりました。当然、ホテルは建設費用として立ち退き料を当てにしていた訳ですから、これが大幅に減るとなれば、いくら有名ホテルといえども補填できるお金をプールしていませんから、さらなる貸付を受ける必要があります。ところが銀行側も流石に世間で炎上している事業に対して貸すというようなことはやりたくない。結局資金繰りができるか怪しくなってしまい、工事が中断してしまいました。

 時を同じくして、日本で一旗あげようと企む中国資本の企業がありました。この企業は北海道のウィンタースポーツに目をつけ、リゾート地の開発をしていました。他にも、無人島の開発など新たな日本のレジャー施設開発をしようと考えてる企業です。日本でのホテル事業を成功させるためにも、自国で稼いだ潤沢な資金で、日本のホテル運営に携わる人間を大量にヘッドハンティングし、雇い入れていました。そして雇い入れたい人の中には建設事業に携わる人間もいました。日本の建設会社は他の産業よりも、まああまり大きな声では言えませんが、古い体質が長らく続いている企業でした。建設という現場人材が大量に必要で、資材のお得意先や下請け企業を大量に持たなければならない、と新規参入が難しい訳です。それ故に体質も古参の企業ばかりで完成させられてしまっているという現状があります。リゾート開発には建設会社が必要不可欠ですから、その知識と人脈をある程度持った人間が欲しい、とその企業は考えていました。そこに目を当てたのが今回のホテルの騒動です。資金繰りが怪しいという噂がたち、事実工事の進行のストップもかかった。そこで当時の現場チーフに声がかかりました。もしこのまま工事が立ち行かなくなれば、その工事を指揮していたあなたの評価が下がることは上がることはない。こちらで十分な報酬と地位を約束するから、来てくれないか、という具合です。これにその人は乗った訳です。そうしてポッカリと空いたチーフの役職についたのが件のお父さんでした。

 その後、結局ホテルの工事は再開する運びになりました。補助金は減額というところで折り合いがつき、ホテル側も信頼の証として賄賂に関わった人間を全て経営から排除したことで不足分の借入もできました。そうして工事が再開したのも束の間、またもや問題が起こります。それが例の中東国の紛争激化です。そのせいで一部輸送路が悪くなってしまい、先物取引の争いも相まって、資材の高騰が起こりました。早くも再開した工事が再び中止。今後の動向は日本中が注目することとなりました。

 しかし、そこから数ヶ月で工事は再び進行を始めました。そのまま止まることなく工事は進み、遂に完成しました。そこにはそのお父さんの尽力があったらしいと当時から社内では話題になっていたそうです。その一方で不穏な噂も同時に蔓延っていたということです。残念ながらその不穏な噂は事実であったようです。実は、二度目の中断はかなり痛手だったようです。それは資金・資材面でもそうですし、人材面でもピンチになってしまったようです。短期間に二度も止まったことで、下請けをしていた数社が怒ったそうです。如何せん規模の大きな建設でしたから、関わる会社は一つや二つではありません。いくら下請けだからと言って看過できない程、結託して反発されてしまったようなのです。二度の中断の果てに、ホテル側の問題ではないことがきっかけで工事が中断となれば、当然建設会社は大きなイメージダウンに繋がります。最悪なタイミングでその義務を負っていたお父さんは、どうにかして切り抜けようと考えました。その方法は手抜き工事です。耐震強度に関する偽装を行い、必要資材を減らし、また必要人材も減らしたせいで従業員に不法な負荷がかかる勤務をさせていました。再び雑誌にすっぱ抜かれたこのホテルは完全なイメージダウンとなってしまいました。今回ばかりはホテル側は雑誌が出回るまで知らなかったようですけどね。結果、ホテル側から工事だけでなく、このイメージダウンに対しても、建設会社は訴訟を受ける結末となってしまいました。ちなみに、この一件によるイメージダウンに対する損害賠償はほとんどなかったようです。しかしながら当然耐震強度が基準値以下になっている箇所については修復する必要があり、その費用は建設会社負担になりますから、大きな損害です。この手抜き工事の指導をしていたお父さんは懲戒免職やむなし、と思われていました。しかし、お気付きかと思いますが、このお父さんは本当に優秀な人であるのは間違いありませんでした。この役職につく前からすでに別の部署で好成績を収めており、それもあって若いながらチーフという役職を任されていたのです。結局、自主退職を認められ、お父さんは自主退職をすることとなりました。その後しばらくは東京で過ごしていました。

 幸い、少年の学校は……語弊を恐れずいえば私立だったこともあり、治安も良く、友人たちも保護者のように少年を避けるようなことはしませんでした。それどころか、クラスメイトの中には疲弊している様子を感じ取って励ますような子も数人いたそうです。

 しかし大人の世界はそうは行きません。結局、世間から浴びせられる視線に耐え兼ねて、地方へ引っ越すことを決めました。

 これが少年にとっては厳しい未来への岐路となってしまったのです。

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