1-6
「……眠れない」
暗い部屋のベッドの上に身体を起こす。
五日も寝ていたのだから、眠れないのは当然だろう。枕の横ですやすやと眠る模糊を見つつ、禎理はふっと溜め息をついた。少し動いたら、眠れるかもしれない。そう思い、ベッドから滑り降りる。すぐに、禎理の右肩に少し重いものが乗っかったのが、分かった。
「模糊……」
おそらく、禎理が動いたことで何か食べ物が貰えると期待したのだろう。ダルマウサギ族の食欲の旺盛さに、禎理は再び溜め息をついた。まあ良いさ。台所に夜食が準備してあると、九七一が言っていた。月明かりがあるから、蝋燭は要らない。扉を開けた向こうの階段すら、はっきりと見える。その階段を、禎理は物音を立てないよう、ゆっくりと降りた。
禎理が二階まで降りた、ちょうどその時。目の前の扉が微かに開いているのに気付く。その扉の向こうからは微かにベッドの軋む音が聞こえてきていた。この部屋は、確か。
〈主寝室だ〉
そう思うが早いか、禎理は扉の隙間にそっと指を差し込んだ。数と珮理の二人がこんな夜遅くに何をしているのか、ほんの少しだけ、興味があった。音もなく広がったその隙間に、禎理はその目をしっかりと押しつけた。
曇りガラスに差し込む月の光で、中の様子がはっきりと見える。数と珮理は上半身を起こし、互いに絡みあっていた。それだけなら別にどうということはない。だが、二人がその姿勢のまま殆ど動かないのが禎理には気になった。
〈何を、してるんだろう……?〉
もっとはっきり見ようとして目を凝らす。次の瞬間目にしたものに、禎理は思わずあっと叫びそうになった。珮理が数の首筋に犬歯を立てているのが見えたのだ。
〈え……?〉
何かを飲むように珮理の肩が規則正しく揺れる。この行為は、正しく。
〈血を、吸っている……?〉
煌々として妖しげな月の光と相まって、その姿は何故か静かで、淫らで、そして美しくもあった。
〈そんな……!〉
へなへなとその場に座り込んでしまう。そして、禎理の身体は座り込んだまま、無意識のうちに後ずさって、いた。
風の冷たさに、はっとする。いつの間にか、禎理の身体は家屋の外に、あった。
月の光が、ほっとするほど煌々と辺りを照らしている。禎理はふっと息を吐くと、立ち上がってお尻の埃を払い落とした。そしてそのまま、夜の街を歩く。月の光があるから、危険とは全く感じなかった。
このまま、森へ帰ってしまおう。市門は夜閉じている筈だから、朝までどこかに隠れていて、それからこっそり市を抜け出せば良い。自分を襲った吸血鬼のことは気にかかるが、森のずっと奥へ隠れていれば、大丈夫だろう。そう考えつつ足を動かしていると、ふと、目の前に珮理の影が過った。そういえば。助けてくれたことに対して、お礼を言っていなかった。ふと思い出したことが、気がかりになる。しかしながら。昼間地下道に倒れていたあの人が、珮理に血を吸われた犠牲者ではないと、誰が断言できる? 禎理を襲った吸血鬼が彼女達の仲間では無いという、確信は無いのだ。禎理がそこまで考えた、正にその時。
不意に、後ろから羽交い締めにされる。この、感覚、は……。後ろを向いて確かめる前に、何らかの甘い香りが禎理の鼻腔に忍び込んでくる。抵抗することもできずに、禎理の身体は力を失い、意識は闇に飲まれた。