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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第三章 君を聴す風
58/60

3-19

 春近い『蛇神の森』は、それでも、身を切るような寒さに包まれていた。


 雪が降っていないだけマシなのかな? そう思いながら、森の奥へと向かう。そういえば、この冬は、雪を見なかった。強い風に舞う、風花だけだ。普段なら、天楚てんそ市全体が真っ白になるほどの雪が、降り積もるのに。そんなことを考えながら、辿り着いたのは、昔懐かしい場所。十二の春まで、家族と共に暮らし、そして家族全員を葬った、場所。


 三十みとの夢から察するに、この場所が、病を振りまいた『力有る石』を滅する為に必要な『石の場』だろう。だから禎理は、この場所に潜むことに決めたのだ。ここならば、『天の輩』も入っては来れまい。『石』を滅するまで、禎理ていりは安全で居られる筈だ。


 だが。禎理の予想は、いとも簡単に破られる。鋭い羽音と共に、槍が一本、禎理の身体を掠めたのだ。


「なっ!」


 驚くより先に、身構える。『天の輩』が降り立つより先に、禎理は地に刺さった槍を引き抜くと、『天の輩』に向かって投げ返した。禎理が投げたその槍は、上手く『天の輩』一体の身体を貫く。だが敵はあと四体。手斧だけでどう戦うか。いや、考えている暇はない。


 飛び出して来た槍を持つ手を、手斧で叩く。怯んだ槍の、そのすぐ上から降りて来た槍の切っ先を禎理は何とか躱した。しかしすぐに、後ろと横からの攻撃で、身動きが取れなくなる。これは。前回と同じ状況に、唇を噛む。あの時は、九七一くないが助けてくれた。だが今は、禎理自身が助けを拒否したから、誰も助けには来ない。いや、それで良いのかもしれない。こんなちっぽけな自分の為に、大切な人が傷付くのは、嫌だ。不幸は、……三十姉だけで良い。


 と。


「消えろっ!」


 甲高い声が、辺りを切り裂く。あっという間に、禎理を囲んでいた『天の輩』三体も、禎理の手斧で怪我をした一体も槍に貫かれた一体も、禎理の目の前から綺麗さっぱり掻き消えて、しまった。そして、代わりに禎理の目の前に立ったのは。


「風神!」


 風神が現れたタイミングよりも、いつもより薄いその影に、驚く。


「大丈夫? 怪我は無かった?」


 禎理の驚き顔を総無視して、風神は禎理を抱き締めると、にこりと笑って言った。


「大変だった? 御免ね、僕の所為で」


「いや、それよりも、風神」


「ああ、そうだったね、『石』を滅ぼさないと」


「いやそうじゃなくって、その影」


「ああ」


 そんなこと、気にするんだ。そう言いそうな顔で、風神が話す。


「分身だけ、飛ばしているから」


 禎理のことを知り、禎理を殺そうとした天空神を止める為、風神は魔界の大王(すう)に禎理のことを頼んでから、天界へと向かった。しかし大勢の『天の輩』を差し向けられ、抵抗したが捕らえられてしまったという。


「本体は今、天空神の玉座の下」


 強い力で封印され、外の様子は全く分からない。それでも何とか『力』を溜め、封印を少しだけ破り、自分の分身を禎理に向けて放った。


「間に合って良かったよ」


 もう一度、頭から爪先まで禎理を見回し、風神が笑う。


「分身でも、『石』を滅することはできるからね」


 待ちきれないように、風神が禎理の身体に入る。それと同時に、枯れ草だらけの地面に複雑な文様が現れた。『石の場』だ。


 三回目ともなると慣れがある。袋から取り出した赤黒い『石』が、文様から発せられる光に当たって砕け、そしてキラキラとした小さな粒になって虚空に消えるのを、禎理は美しいと思いながら眺めて、いた。


「綺麗だね」


 禎理の思考の裏で、風神が笑う。本当に。人の弱さにつけ込み、人を操り、何人もの命を奪った『石』とは思えない。涙が出そうになり、禎理はそっと俯いた。


 と。


 鋭い気配を感じ、顔を上げる。次の瞬間。禎理は心の中にいた風神を追い出すと、きょとんとした顔で出て来た風神の身体をずっと遠くに突き飛ばした。そして。世界が、回る。次に禎理の視界に入って来たのは、冬なのに春のような、木々に囲まれた澄明な空、だった。


「禎理!」


 風神の声が、遠くに響く。


「何でっ!」


 僕を庇う必要なんて、無かったのに。泣きそうな風神の声に、禎理は思わず微笑んだ。


 それでも、守りたかったのだ。たとえ自分を犠牲にしても、……全てを。

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