3-17
「お、起きてる」
聞き知った声と、突然現れた明かりに、目を細める。
「久しぶり、禎理」
ランタンを持つ九七一と微笑む須臾の、両方とも大柄な影が、禎理の視界に入った。だが、……エクサの姿が、見えない。まさか、あの怪我で。禎理の焦りは、しかしすぐに収まった。
「ちょっと退け!」
二人の間から、エクサの小柄な影が現れる。どうやら、九七一と須臾の影に居て見えなかっただけのようだ。何を食べたらそんなに図体が大きくなるんだ、邪魔だ。そう毒付くエクサに、禎理は思わず笑った。
しかし何故、天楚市の王の傍に詰めている筈の六角公、須臾が此処に居る? 禎理の心に生じた疑問に、須臾はすぐに答えてくれた。
「王を暗殺しようとした輩を刺したそうだね」
須臾の言葉に、笑いが凍る。
小康状態を保っている王が「禎理に似た女人に襲われた」と、王自らの手で日頃使っているスレート板に書いたのを、王の傍らに詰めていた因帰伯が確認した。「胸を触ったから、間違いない」とも。因帰伯からそのことを聞いた須臾は、禎理にそのことを知らせる為に、六徳から禎理の居場所を聞いて華琿市に来たという。そして、華琿公の奥方の屋敷に辿り着いた途端の騒ぎに、須臾は屋敷の誰にも訪いを告げず、屋敷の騒ぎの現場へと向かった。
「そうしたら吃驚したよ。君と、君によく似た女の人が倒れていて」
倒れていたこの「禎理によく似た女性」が「王を暗殺しようとした犯人」だろう。そう判断した須臾は、華琿公の奥方と取引をし、騒ぎを鎮めると同時に秘密裏に禎理(+九七一と怪我をしたエクサ)と、女人の遺体を引き取って来たという。
「ここは三矢亭さ」
大怪我をしたとは思えない明るい声で、エクサが須臾の話を引き継ぐ。
「あの女性は、広場に晒されている」
たとえ死んでいても、王を弑逆しようとした大罪人だから、広場の絞首台に吊られて当然だろう。そのうち天楚市に連行されて、四つ裂きの刑に処せられるらしい。エクサの何処か暢気な言葉に、禎理の全身が、凍った。
実の、姉なのに。何も言えず、三人を見る。だがエクサも九七一も須臾も、禎理が黙ったのはただ疲れているだけだと思ったらしい。
「とにかく、禎理は寝た方が良い」
九七一が、禎理の肩に毛布をそっと掛けてくれる。
「エクサを刺した奴とはいえ……」
九七一が何を言いたいのか、禎理はよく分かっていた。「よく、珮理さんに似た人を刺すことができたな」。続きは多分こうだろう。その言葉が賞賛を意味するのか、それとも侮蔑と共に言い放たれるのか。そこまでは、禎理は怖くて訊くことができなかった。
そして、珮理のことよりも。絞首台に晒されている実の姉のことが、気になって仕方がない。自分の存在が、姉に辛い思いをさせた。これ以上、姉を辛い目に遭わせるわけにはいかない。だから。
しばらく寝た振りをした後、辺りを見回す。様々な処理で忙しいのであろう須臾は不在、疲れが溜まっているのであろう、九七一とエクサは部屋の両端で船を漕いでいる。……今だ。
ベッド傍に置いてあった自分の得物とベルトとポーチを、そっと掴む。そしてそのまま、禎理は部屋の窓から、薄明近い街へと飛び降りた。
人気の無い街を、走る。すぐに、姉が晒されている広場へと、禎理は辿り着いた。幸いなことに、見張りは居ない。おそらく、王を弑そうとした大罪人の遺体を盗む奴など誰も居ないと判断しているのだろう。
そっと、絞首台に昇り、姉を吊っている縄を切る。姉の遺体は、思っていたよりも軽かった。その姉を背に背負い、再び街路を走る。人が起きて来る前に、禎理は市壁を昇り、華琿を出た。
そしてそのまま、近くの林まで走る。林の奥の、静謐な感じのする場所に生えている大木の根元に穴を掘り、禎理は姉を葬った。
涙は、出ない。これで償いになっただろうか? 冷たい風だけが、禎理の周りを淋しく吹いていた。




