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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第三章 君を聴す風
54/60

3-15

 赤ん坊を腕に抱いて帰って来た母親に、溜め息と共に舌打ちする。


 弟の――皆は『兄』だと呼んではいたが――二値にちが亡くなってから、これまで何人も、自分が産んだ赤ん坊を亡くしているというのに、何故母はまた赤ん坊を拾ってきたのだろうか? 銀色の髪から察するに、赤ん坊は一族の因習によって生まれてすぐに、居ない筈の風神に捧げられる為に捨てられた『風神の花嫁』。捧げられた者なら、見つけても放っておけば良いものを。


 赤ん坊の世話なんて、真っ平。すぐ泣くし、母は赤ん坊の世話で手一杯になるから、食事の準備や掃除が自分の方へ降りかかってくる。だからこれまで、『力』を使って次々と『厄介払い』をしてきたというのに。でも、まあ。再び、母の腕の中で泣いている赤ん坊を見て、ふっと笑う。また『厄介払い』すれば良いだけの話、だ。


 と。視線を感じ、顔を上げる。母と赤ん坊の後ろにいた、見慣れぬ老婆と目が合い、三十みとはつと目を逸らした。この老婆は、危険だ。自分の叔母の一人だと老婆を紹介する母の声に、生じて来た不安と警鐘を誰にも悟られぬよう、そっと、家族が塒にしている森の中の広場の端へ行き、籠を編む振りをする。


 母は、父と一緒になる為に、夫や子供、そして自分の血族を捨て、この『蛇神の森』の奥へと逃げざるを得なかったという。それなのに、母方の血族が現れたことへの不安が、三十の心を掴んで離さない。……多分、大丈夫だと思う、けれども。


 母が父と駆け落ちした理由を、三十は知っている。母にとって父は『運命の人』で、母と父の間に産まれた子供の一人が『この世界』を救う『運命の子』となるから。そう、母を焚き付けた者が居たから、だ。母の叔母の一人であったその女性は、父と駆け落ちする母と行動を共にし、そしてその予知の能力で以て、三十の双子の『弟』である二値が『運命の子』であると母に告げた。


 馬鹿じゃないの。二値と共に産まれ落ちた三十は、物心付いた時からずっとそう思っていた。二値には、何の能力も無い。私の方が『力』は上だ。なのに、父も母も大叔母も、二値ばかり大切にする。だから。三十は自分の『力』を使い、二値と大叔母を『厄介払い』した。


 手を動かしながら、そっと、母が連れて来た老婆を見やる。この大叔母も、何がしかの『力』を持っている。それは、分かる。だが、……あの大叔母と同じように、おそらくこの老婆の『力』も、自分には到底敵わないだろう。いざとなったら『厄介払い』すれば良い。三十は心の中でほくそ笑んだ。


 だが、三十のこの予想は、悉く外れた。新しく来た大叔母は、母が拾って来た銀色の髪の赤ん坊に『三十さと』という、自分と同じ字の名前を付けたのだ。赤ん坊に向けて放った『力』は悉く、三十自身に帰って来る。これでは、『厄介払い』できない。大叔母の力も、三十の予想外だった。何度『厄介払い』しようとしても、大叔母は毛ほどにも感じていないように三十を睨むだけ。三十は唇を噛む他、無かった。そして更に、腹立たしいのは、母と父の間に新しくできた弟、禎理ていりの存在。姿形は三十に良く似ているこの弟も、『力』を全く持っていないにも拘わらず、三十の放つ『力』を悉く無視した。腹立たしく、悔しい。そのイライラを、三十は父母に隠れて妹と弟に物理的な嫌がらせをすることで紛らわせていた。だが、……嫌がらせだけで、プライドをずたずたにされたこの自分の心が、癒される筈が無い。


 だから。三十は、『力』を溜めた。そして、十分に『力』を蓄えたある年の春、偶然見つけた『宝石』の『力』を借りて、三十は家族に『病』を放った。まずは、きっかけとなった一番腹立たしい義妹。そして、煩いだけの、最近現れた父方の従弟妹達とおまけで従弟妹達の母親。そして自分だけの力では敵わなかった大叔母。自分を認めてくれなかった父と母と長兄も、三十は呪った。


 だが。何故か弟だけは、病に斃れない。だから。家族の墓の前で泣きじゃくる弟に向かって、三十は木の陰から小刀を三本、投げた。その小刀は、弟には当たらなかった。とっさに弟を庇った、丈夫な為か病気に罹らなかった長兄の命を、小刀は無情に切り裂いた。


 何故、弟を庇う! 長兄の行為に、怒りが爆発する。顔形は自分によく似ているが、父から教わっていた音楽も、母から教わっていた護身術も、大叔母から教わっていた古代の魔法文字も、弟は上手く操れていない。そんな弱々しい、ちっぽけな存在を、守るなんて、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。


 だから。倒れた兄に呆然とする弟に、近付く。


「貴方が、兄を殺したの」


 だから、貴方は罪を償う必要がある。そう言って、三十は呆然と自分の方を見た弟の首に、その細い指を掛けた。次の瞬間。弟の首を絞めたと思った指は、強大な力に跳ねられる。


「なっ!」


 指だけでは無い。腕も、そして自分の身体も、弟からどんどん離れていく。弟の周りに見えるのは、複雑な線の文様。自分が持つ『宝石』がその文様を嫌がるように三十から離れていくのが、はっきりと、分かった。


 これは何の『力』? そう、考えるより先に三十を襲ったのは、暗闇だった。

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