3-14
心の痛みを抱いて、部屋を出る。
「禎理!」
その禎理の右腕を強く引いたのは、エクサだった。
「見たぞ」
エクサの言葉に、苦い思いが広がる。エクサを、『自然の理』を破ることに罪悪感を覚えず、禎理より好奇心旺盛なエクサを、この事件に巻き込みたくはなかった。
「あの羽の生えた奴、『天の輩』だろ?」
だが。禎理の後悔を知ってか知らずか、一部始終を見ていたらしいエクサは禎理に次々と問いを浴びせる。天の輩は、普通の人間には不可視のはずだが、おそらくエクサは、自分の魔力を用いて見ることができるようにしているのだろう。
「何で、『天の輩』が地上界に居るんだ?」
好奇に満ちたエクサの視線を、外す。教えては、いけない。口が裂けても、事情を話すわけにはいかない。天空神のことも、『力有る石』のことも、珮理と珮理に似た女性のことも、全て。教えれば、今度はエクサが命を狙われる。だから。エクサが掴んでいた右腕も、半ば無理矢理エクサから引き外すと、禎理はエクサを突き放すように、その場を離れた。
「何で、教えてくれないんだ?」
拗ねたようなエクサの言葉を、背後に聞きながら。
その夜。
「禎理。ちょっと来てくれ!」
残業をしていた禎理を呼んだのは、平静な顔を崩した九七一。何かあった。禎理は胸をざわつかせながら、九七一の後に続いた。
九七一が禎理を連れて行ったのは、エクサに宛てがわれた部屋。小さいが清潔なその部屋の、大きなベッドの上で、エクサが苦しそうに呻いていた。
「急に高熱が出て」
九七一の言葉を聞きながら、ベッドに近付く。禎理との対決をエクサに見られたことに気付いた『天の輩』が、エクサを消そうとしているのか? いや、この呻き声と高熱は。そう、判断するなり、禎理はエクサの周辺を仔細に観察した。……あった。枕と敷布の間で、『力有る石』が禍々しい光を放っているのが、見えた。
その『石』を、巾着袋の中に入れる前に、呻き声が小さくなったエクサに尋ねる。
「この『石』、どうしたの?」
「どうしたって」
禎理の言葉に、エクサは怪訝そうな顔をした。
「禎理が呉れたんじゃないか。『天の輩』に関係があるって」
エクサの言葉に、怒りが広がる。この『石』をエクサに渡したのは、おそらく。
『石』を巾着袋にしまうなり、禎理は猛然と、エクサの部屋を飛び出した。行く、先は。
「あら、よく此処が分かったわね」
昼に彼女を隠したのと同じ小部屋で、再び『珮理に似た女性』と対峙する。今度は禎理は、腰の短剣を抜いて女性の前に突き付けた。だが。……やはり、できない。怒りは有るが、それでも、珮理にこれほど似た女性を、禎理は殺すことができなかった。
「そう」
不意に、女性が禎理の肩を押す。為す術も無く、禎理は床に倒された。その禎理の傍に、女性が膝をつく。次に禎理を襲ったのは、首筋の冷たい感覚だった。このまま。首に絡む冷たい指に、目を閉じる。このまま、この珮理に似た女性に殺されれば、正体不明の自分の苦しみも、収まるのだろうか……?
「禎理から離れろ!」
禎理が意識を失いかけた、正にその時。エクサの鋭い声と共に、エクサの得意魔法である光の爆発が部屋中を襲う。だが。光が収まった時、床に頽れたのは、エクサだった。
「エクサ!」
遅れてやって来た九七一が、エクサを助け起こす。エクサの胸が紅く濡れているのが、禎理の位置からでもはっきりと、見えた。……血の付いた短刀を持って平然と構えている、女性の姿も。
「また、邪魔するのね」
再び頽れるエクサに、女性は平然と言い放つ。
「私の邪魔をするのなら、死を覚悟することね」
飛びかかろうとした九七一に、女性はにこりと微笑んだ。
させない。一息で、床に立つ。これ以上、エクサも、九七一も、そして天楚で待つ、大切な人々も、殺させるわけにはいかない! だから。禎理は跳ね起きるなり、短刀を九七一に向けた女性の、華奢な背中に、自分の短剣を振り下ろした。
「……」
女性の口から、叫び声は上がらなかった。ただ静かに禎理の方を振り向き、婉然と微笑んだだけだった。
「貴方は、兄だけじゃなく、実の姉も殺すのね」
そう言って、女性は禎理の腕の中に頽れる。
珮理に似た女性が呟いた、最期の言葉だけが、禎理の耳にいつまでも響いて、いた。




