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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第三章 君を聴す風
52/60

3-13

 と、いうことで。


 禎理ていり達は紳士が執事を務める、華琿かぐん公の奥方が住む屋敷で働くことになった。


「良いのか?」


 紳士に導かれた先が華琿公の持ち屋敷だと聞いて、禎理の心に最初に浮かんだのは、怖れ。ここで働いて、もしも禎理が『王を弑逆しようとした』禎理だとばれてしまったら、自分はともかくエクサや九七一くない、そして逃がしてくれた大円たいえん六徳りっとく、悪くすると須臾しゅゆにまで累が及ぶ。


 だが。


「大丈夫だと思うけどな」


 九七一とエクサはあくまで楽観的だった。


「まさか、逃げた禎理が自分の奥方の屋敷で働いているとは思わないさ」


「華琿公はずっと天楚てんそに詰めてんだろ」


 暗殺未遂事件以降、王がずっと臥せっていることを、禎理は風の噂で聞いていた。王の息子は、まだ幼い。王が身罷れば、次の王は従兄弟である華琿公だろう。だから、華琿公はずっと天楚に詰めている必要がある。華琿に帰って来る余裕は、無いだろう。


 九七一とエクサの言葉に安心したわけではないが、それでも、体力を回復する必要は、ある。だから禎理は、心落ち着けて、華琿公の屋敷で働くことにした。


 禎理の仕事は、経理や簿記の補助など執事の紳士の手助けをすること。九七一はその大柄な身体を活かして力仕事に精を出し、エクサは錬金術の知識を活かして奥方様達の若返りの薬などを作っているらしい。見目麗しい者しか雇わない華琿公の奥方も、禎理達については何も言わない。適材適所だ。禎理はくすりと、微笑んだ。


 唯一つ、心配なのは、天楚市のこと。聞こえてくる病状から察するに、天楚王の病気の原因は、十中八九『力有る石』だ。服の上から巾着袋を触り、息を吐く。『石』を探しにいく予定だった六角郷では、須臾の息子であり禎理の名付け子である開理かいりが、苦しんでいる。天楚市内にも、まだ病気で苦しんでいる人が居るに違いない。自分だけが、このように安穏としていて良いのか? 禎理の焦りは日を追うごとに強くなっていった。


「焦るな」


 そんな禎理を、押し止めたのは、九七一の言葉。


たいが何とかしてくれているから」


 禎理が残した、鞭打ちの傷を大円が包んでくれたマントに付着した血液を使って作った結界で、病気の進行を軽程度に抑える処置を取っているらしい。六角ろっかく郷にも同様の処置を施し、そして禎理の予想通り天楚市の北に位置する丘の上に隠されていた『石』を見つけた体は、禎理の血が付いた大円のマントの一部を巻き付けて暫定的な封印の処置を施した。そう、九七一は禎理に告げた。


「今は、チャンスを待つんだ」


 九七一の言葉を、禎理はもう一度噛み締める。


 と。


「あれ、禎理? ここに居たのか?」


 禎理が仕事をしている執事の部屋に、おそらく執事部屋常備のお菓子を無心しに来たのであろう、不意にエクサが顔を出す。


「奥方様の部屋に居たような気がしたけど」


 自分はずっと、この部屋で仕事をしていた。そう、エクサに言おうとして、禎理はすぐに口を閉じた。まさか。……珮理はいりに似たあの人が、この屋敷に、居るのか?


 居たたまれなくなり、そっと立ち上がる。エクサにお菓子を渡してすぐ、禎理は執事部屋を出た。


 だが。部屋を出て、はっとする。珮理に似た人を捜し出して、自分は何を、したいのだろうか? 珮理では無いことを、確かめたいのだろうか? それとも。……彼女に、殺されたいのだろうか?


 再び、服の上から巾着袋に触れる。天楚の疫病の原因となっている『力有る石』を滅するまでは、死ぬわけにはいかない。とにかく、頭を冷やそう。禎理は静かに、屋敷の中庭に降り立った。


 と、その時。鳥にしては大きい羽音に、はっと身を竦ませる。物陰に隠れて首だけで辺りを見回すと、『天の輩』が一体、中庭の隅に槍を構えているのが見えた。そして、その槍の先に、居たのは。


〈珮理さん!〉


 相手を認めるなり、立ち上がる。『天の輩』は禎理を狙っている筈だが、おそらく、禎理に顔形が似ている珮理を禎理と間違えて攻撃しているに違いない。自分と間違えられて誰かが傷付くことなど、真っ平御免。だから禎理は、背を向けている『天の輩』目掛け、腰の短剣を思い切りよく振り下ろした。


「……!」


 甲高過ぎて聞こえない叫びが、空気を震わせる。背中を傷付けられた『天の輩』が悶えている間に、禎理は『珮理』の手を引くと屋敷の中に入り、中庭からは見えない部屋に彼女を連れて行った。


「どうして、助けたの?」


 一息ついて、耳にしたのは、この言葉。


「私は、貴方を殺そうとしているのに」


 次に禎理が感じたのは、首筋に当てられた短刀の鋭く冷たい感覚、だった。


 その短刀を振り解かず、少しだけ、首を振る。この人は、『珮理』ではない。そのことは、禎理は既に理解していた。だが、珮理に似た人が目の前で殺されるのを見るのは、禎理の感情が許さなかった。


「今回は、見逃してあげるわ」


 不意に、短刀が禎理の首から外れる。


 次の瞬間、珮理に似た女の姿は、綺麗さっぱり掻き消えた。

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