3-12
辿り着いた華琿市は、大きな賑わいに包まれていた。
「天楚の奴、皆こっちに逃げて来てんな」
人いきれの酷い大通りを見やり、エクサが毒づく。
天楚国第二の都市であり、港町でもある華琿は、普段から活気のある街だと、禎理は人伝に聞いていた。しかしながら。疫病で火の消えたような天楚市とは何たる違いか。天楚市が懐かしくなり、禎理はそっと、息を吐いた。
「とにかく、何処かに落ち着こう」
禎理の体調を心配した九七一が、エクサを促す。
「六徳からの紹介状は、落としてないだろうな」
「勿論」
六徳が描いた地図を一瞥したエクサの先導で、六徳の知り合いが華琿で開いているという冒険者宿『三矢亭』に向かう。
三矢亭の中も、大通りと同じように混んでいた。
「天楚の冒険者が大分こっちに来ているんだ」
三人の為にテーブルを一つ空けてくれた三矢亭の主人、徳三が、済まなそうに言う。元々、華琿市には冒険者宿は少なかったのに、天楚市からの冒険者の流入でどの冒険者宿もてんやわんや。依頼にありつけず、只同然の賃金で使い走りや港湾での力仕事を請け負ったり、貯めていたお金を切り崩して生活したりしている冒険者も多いという。
「まあ、俺たちはゆっくりやるさ」
六徳からお金は沢山貰っているから。小声で、エクサが告げる。
「禎理の怪我も治さないといけないから、それで良いんじゃないか」
「宿自体にも、空きが無いんだ」
しかし、エクサの楽観的意見を、徳三はあっさりと打ち砕いた。
「じゃあ、どうすれば」
明らかに悄気るエクサに、徳三は少しだけうーんと唸り、そして三人を見回した。
「禎理は、計算ができるんだったな」
不意に話を振られ、ぼうっとしていた頭が少しだけしゃきっとする。禎理がこくんと頷くと、徳三はにっと笑って遠くのテーブルへ向かった。
しばらくして、徳三が連れて来たのは、良い仕立ての服をりゅうと着こなした初老の紳士。
「うむ、これなら奥方様は了承するでしょうな」
その紳士は、三人の顔を順番に見て、明らかにほっとした笑顔を見せた。
「ところで、こちらの青年は顔色が悪いが、まさか天楚の疫病を……」
「いやいや」
禎理の顔を見て心配そうな表情をした紳士に、上手く説明したのも、徳三。
「華琿に来る途中、山賊に襲われた怪我がまだ治ってないそうで」
計算はできますから、身体を休ませながら使ってください。徳三の言葉に、紳士は意外そうに禎理を見、そして再び徳三に尋ねた。
「この女性が、計算を」
「いや禎理は男性ですから」
確かに、小柄で丸顔な禎理は、天楚でもしばしば女の子に間違えられる。しかし面と向かって言われると、苦笑する他無い。横を見ると、九七一とエクサも苦笑しているのが分かった。
それはともかく。徳三の尽力が実り、禎理もエクサも九七一も、この紳士が執事を務める屋敷に雇われることになった。
「うまくいったな」
紳士の後に付いて宿を出る禎理に、徳三が囁く。
「良かったよ。六徳には大分世話になったから、恩返しできたな」
なるほど、徳三が親身なのは、六徳のお陰なのか。六徳の人徳に、禎理は心の底から感謝した。




