3-11
エクサと九七一と共に、東へと向かう。
「とりあえず華琿市に落ち着いたら良いんじゃないかって、六徳が」
木を隠すなら森の中。昔からの格言を、エクサが口にする。エクサの言葉を、禎理はぼんやりと聞いていた。
背中の鞭の傷が、熱を持っている。だが、追われている今の状況を考えると、立ち止まるわけにはいかない。だから禎理は手を繋いでくれている九七一に凭れ掛かるように、足場の悪い林の中を歩いていた。
追われている身では、街道は歩けない。だから、天楚(えtんそ)と華琿を結ぶ街道から少し離れた林の中を移動するという方法で、禎理達は華琿に向かっていた。
「大丈夫か、禎理?」
九七一の言葉も、遠い。だが、二人の足手纏いになるわけにはいかない。禎理は無理矢理笑顔を作ると、殊更大きく一歩を踏み出した。だが。
「無理はするな」
九七一のその言葉と共に、禎理の身体はいつの間にか九七一の背に、あった。
そしてそのまま、九七一の背に揺られる。
「今日は、これくらいか」
不意に、エクサの声が耳に入る。日頃は自分の部屋に閉じ篭りきり、外出先は三叉亭と大学図書館だけというエクサにとって、この強行軍は、怪我をしている禎理より辛いだろう。禎理はふっと笑うように息を吐くと、下ろされるままに座り込んだエクサの横に身を横たえた。
「怪我の具合は大丈夫か?」
その禎理の、有り合わせの上着の裾を、エクサが捲る。首に掛けた赤黒色の巾着をエクサに見られないよう、禎理はそっとエクサに怪我の有る背中を向けた。
騎士達が禎理を捕らえるどさくさの中、『力有る石』の入ったこの巾着を魔法で禎理から外したのは、六徳。『石』が他人の手に渡ることだけは、少なくとも阻止しなければ。そう判断した六徳の行為だったと、禎理はエクサが小用に立った隙に九七一から聞かされた。託されたものに、責任を感じる。『石』を滅ぼし、天楚を疫病から救う為に、生きなければ。その想いだけが、禎理を『衝動』から守って、いた。
今は、とにかく、体力を取り戻す為に、眠らなければ。背中の傷に優しく当たるエクサの細い指を感じながら、禎理はいつの間にか眠りへと誘われていた。
どのくらい、眠っていただろうか? 不意に、何かの意志を感じて、目を覚ます。誰かが、自分を呼んでいるような気が、確かに、した。
眠りに落ちているエクサと九七一を目覚めさせないよう、そっと起き上がる。ふらふらとした歩調のまま、禎理は林の奥へと入って行った。
しばらく歩くと、見慣れた光景が目に入る。ここは。……『十三塔』だ。古代の将軍を祭る為に嶺家一族が建てた、神々に捧げられた十三の塔の残骸が、禎理を優しく出迎えた。その遺跡の中央部分にある、他の塔よりも少しだけ崩壊が激しい塔の方へと、禎理の足は向かう。この塔は、風神に捧げられた塔。禎理がそう、認識するよりも早く。
「いらっしゃい」
風神の塔の入り口前に、珮理に似た影が立っているのが、見える。
「珮理、さん」
その影に近付こうとした禎理の身体は、しかし途中で倒れた。鞭打ちのダメージは、禎理自身が自覚しているよりもかなり酷いようだ。
地面を転がり、仰向けになった禎理の眼前に、懐かしい顔が広がる。倒れた禎理の横に膝をついた珮理が、禎理の首に冷たい指を這わせ、禎理の首を絞めようとするのを、禎理はただ黙って見詰めていた。珮理が禎理を殺そうとするなら、それで良い。
だが。
「抵抗、しないのね」
ふっと、禎理の首から手を放し、珮理が笑う。その笑みは、珮理の笑みに似て、しかし何処か違って見えた。
「そうでしょうね。貴方の所為で、何人もの人が死んだんだもの」
不可解だが、禎理が日頃から心の奥底で思っていることを、珮理が呟く。そして珮理は徐に、再び禎理の首にその冷たい手を、当てた。次の瞬間。
「禎理を放せ!」
甲高い声と共に、周りの空気が光になぎ倒される。その光に目が眩んだ、次の瞬間、珮理の姿は禎理の目の前から消えていた。
「大丈夫か、禎理?」
続いて禎理の視界に現れたのは、心底心配そうなエクサの顔。
「全く、なんで何も言わずに消えるんだよ!」
そう、ぶつくさと文句を言いながらも、エクサは禎理の首を調べ、傷が無いと分かるとほっと息を吐いた。
「見つかったか?」
その後すぐに、九七一の声が聞こえる。きっと九七一にも、突然居なくなったことを叱られるのだろう。遠ざかる意識を感じながら、禎理はそっと溜め息を、ついた。
しかしながら。
あの『珮理さん』は、一体『誰』だったのだろうか? その疑問だけが、禎理の脳裏にいつまでも、残っていた。




