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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第一章 血が喚ぶ者
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1-5

「すぐに作業に戻れ」


 すうは横柄な声で九七一くないにそう指図すると、自身もその大柄な身体を階段の下へと運んだ。


 横をすり抜ける数の体躯を、まじまじと見つめる。珮理はいりも、九七一も、百七ももなも、この家にいる人々が全員魔物だとすると、数も、おそらく魔物だろう。


「……フン。まあ、説明はしないといけない、か」


 禎理ていりの物問いたげな視線に気付いたのか、数は禎理の横で立ち止まり、指をパチンと弾く。次の瞬間。禎理はなぜか、荒涼とした丘の上に立って、いた。いや、立っているのは、禎理一人ではない。ほんの目と鼻の先に、禎理の背丈の三倍はあろうかと思える大きな黒馬がすっくと立っていた。いや、この動物を『馬』と呼べるのであろうか。何故なら、馬の胴体の上には、どう見たって人間の上半身としか思えないものが乗っていたのだから。


〈ケ、ケンタウロス……?〉


 最初、禎理はそう思った。が、それとは違う感じがする。その人間の腕は肩の所まできらきら光る鱗で覆われ、首から上は鋭い牙を剥き出しにした狼の面を被っている。首筋には真っ白なネッカチーフを巻き、黒い髪の間からは鋭く尖った角がのぞいているのが見える。前足の付け根からは翼が生え、後ろ足は黒い羽毛で覆われていた。そして、全身から発せられる、威圧感。


〈まさか……!〉


 唐突に、昔、母から教わった神話を思い出す。この世界には、人間や動植物などが生活している『地上界』の他、神々が住まう『神界』、肉体を持たない魂が憩う『冥界』、そして異形の魔物どもが棲む『魔界』が在ると云われている。その内、『魔界』は古代の三神、風神かぜかみ水神みずがみ炎神ほむらがみによって創られた途轍もない三体の魔物が支配しているという。今禎理の目の前にいる魔物はその内の一体、魔界を治める実質上の最高権力者、『魔王』数の伝説上の姿形そのものだった。


「どうして魔王が地上界にいるんだ、って顔をしてるぞ」


 不意に話しかけられ、はっと上を向く。禎理の周りの風景は既に、元の階段室に戻っていた。


「……馬鹿な人間どもが魔物を次々と捕らえ、殺して血を啜っていることは知っているな」


 ぼけっとした禎理のその表情が面白かったらしい。魔王数は先ほどまでの渋面を一息に解いた。


「もちろん」


 人間を心底虚仮にした数の口調に、内心むっとしながらも即座に頷く。たった一人で魔物捕りの罠を破壊していた禎理である。それくらいは知っている。


「そのことに関して、地上界の魔物たちが魔界に救援を求めてきた」


 少しだけ口の端を歪めながら、数は話を続ける。


「ま、俺は基本的に自由放任主義者なんだが、一応、魔王なんでね」


 言葉を紡いでゆく数の声は本当に静かだった。


「同族が虐げられているのを黙って見ているわけにはいかないのさ。……それが思い上がった人間どもの一方的ないじめだったら尚更な」


 静かだからこそ、震え上がるような何かを、数の声は確かに持って、いた。こんなに『力』のある魔王の手に掛かったら、人間などあっという間に滅んでしまうだろう。禎理は正直そう、感じた。


「……ま、別に人間に危害をくわれるわけでもなし、別に問題はなかろう」


 そんな禎理の心を再び読んだかのように、数は軽く付け加える。


「そんな事をしたところで、こっちがいやになるだけだから、な」


 そういった数の瞳に怒りと諦観の光が浮かぶのを禎理ははっきりと認めた。


〈悪いこと、聞いたかもしれない……〉


「で、だ」


 震える禎理には構わず、数は話を続ける。


天楚てんそ市内のどこかに、捕らえられた魔物が閉じ込められているらしいとの情報が、ある」


 その話なら、禎理も噂で知っている。魔物捕獲に天楚のとある貴族が一枚噛んでおり、その貴族が所有する屋敷の地下室に、多くの魔物が閉じ籠められているらしい。その貴族は、搾り取った魔物の血を自分の領地から穫れる葡萄で作ったワインに混ぜ、あちこちに売り捌いているということも。


「全く、自分で自分の首を絞めているとも知らずに」


 禎理が知っている情報と同じことを一くさり呟いてから、数はもう一度鼻を鳴らした。


 魔力要素を含む血には、依存性がある。その依存性は人にだけ現れ、そして『魔力要素』を多く含む血ほど、その依存性は強く出る。血を飲めば飲むほど、人間は血を更に欲するようになるというわけだ。


「ま、人間がどうなろうと俺には関係ないことだが」


 しかしながら、地上の物事に魔界の大王が干渉して、何らかの問題が起こることは避けたい。そこで、迅速かつ秘密裏に地下室に捕われた魔物を助ける為、何処の屋敷に閉じ込められているかを探すと同時に、助け出す為の地下道を作成している。百年ほど前に市内の全てが消失した『天楚大火』や、千年以上もの昔に市内が一夜にして土砂の下になったという『神の怒り』などの事件があった所為か、天楚市内には小さな地下通路が多くある。その通路をうまく広げているのだと、数は禎理に言った。


 そんなことが、魔物を秘密裏に助けることが、できるのだろうか? できるのなら、禎理も嬉しく思う。禎理は数に見えないところで、そっと、笑った。


 と、その時。


「うわっ」


 九七一の声が、耳を打つ。


「どうした、九七一!」


 数の動きは、禎理の予想以上に迅速だった。一息で階段の一番下まで飛び降り、闇の中に消える。何があったのだろう。今回に限り、好奇心が恐怖に勝つ。禎理はできる限りの早さで数の後を追った。すぐに。蝋燭ではない明かりを持った背の高い影が立ち尽くしているのが見える。そのすぐ側では、数がしゃがみ込んで何かを調べていた。


 その場所にそっと近づき、数の後ろから覗き見る。次の瞬間、禎理は自分の好奇心を後悔した。そこに、いたのは。


「吸血鬼、だな」


 数が、舌打ちする。土の床に倒れた男の、血に濡れた首筋には、小さな丸い傷跡が二つ、はっきりと見えた。泥と血で汚れた男の、か細い身体が、微かに動いたのも。


「おそらくあの隙間から転がり落ちてきた、か」


 九七一の頭の更に上にある、微かな光を見上げ、数はもう一度舌打ちした。


「この高さを転がり落ちて、まだ生きているとは、運の良い奴だ」


 そして数は、男をその肩に担ぎ上げる。数のその行為に、禎理は心底驚いた。人間は嫌いなのではなかったのか?


 だが。


「とりあえず、どこかに放り投げてこい。市内警護の平騎士隊の詰所前が良い」


 その男を九七一に渡して、数はそう指示を出す。九七一の姿が一瞬で消えてから、数は独り言のように呟いた。


「全く、迷惑で邪魔な話だ」

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