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その夜。
「子供達、急に良くなってきたの」
喜ばしい知らせと共に、禎理が横になっている箱ベッドに七生が現れる。しかし禎理は、七生の言葉を半分しか聞いていなかった。
禎理の心を占めているのは、やはり、昼間見かけた珮理に似た影。
『珮理』とは、魔界の大王数の妻だった女性。禎理とも血の繋がりがあり、『担い手の素質を持つ者』だった。その珮理と初めて出会ったのは、禎理が十二の時の秋。『吸血鬼騒動』の張本人である吸血鬼に禎理が襲われた時に、数と共に助けてくれたのが、珮理だった。自分に良く似た姉がいたら、こんな感じだったかもしれない。それが、禎理が珮理に抱いた、最初の印象。そして、珮理と行動を共にするにつれ、思慕は仄かな恋に変わった。しかし、珮理は過酷な運命を持っていた。『吸血鬼騒動』の原因となった『吸血石』を滅ぼす為の『石の場』は、珮理自身の身体。その為、『吸血石』が全て揃うまで、珮理が『吸血石』を持ち、吸血鬼として二百年もの時を、珮理は生きることになった。そして、全て揃った『吸血石』を滅ぼしたのは、同じ『担い手の素質を持つ者』である禎理自身。そしてその為に、珮理は魂ごと、壊された。壊れた欠片を風神が拾い集め、修復したとはいえ、珮理の魂は未だ不安定な存在となってしまっている。そんな珮理が、地上界に現れるだろうか? しかも『石』を持って。禎理の思考は混乱の域に達していた。
そして。今は無い唇の傷が、疼く。ピンチを切り抜ける為に、珮理は禎理の唇から禎理の血を吸った。禎理のその血が、珮理に『力』を与え、そして『吸血石』を暴走させた。自分さえ、居なければ、珮理はもう少し生きることができた筈、だ。
「大丈夫?」
不意に、七生の顔が目の前に現れる。
「朝より顔色が悪いわよ」
禎理を抱き締めた七生の温かさを、今の禎理は厭わしく感じて、いた。だから。突き放すように、七生から身を離す。
「禎理」
「ごめん」
当惑する七生に首を振って謝ってから、禎理は毛布に包まりごろんと横になった。
「ううん、良いの」
そっと禎理から身を離し、それでも同じベッドで寝てくれる七生の優しさが、痛い。
七生に、珮理の事を話したことは、無い。しかし七生は、禎理が愛しく思っている存在が自分以外に居ることを知っている。禎理は何となくそう、感じた。七生にも、愛おしく思っている存在が禎理以外に、居る。禎理と同じように、家族全員を流行病で亡くした七生は、『九朗』という名の年の近い末弟を、心から愛していた。禎理と一緒に天楚市で暮らすことになったのも、七生が禎理のことを九朗だと見間違えたから、だ。
七生のことは、大切にしたいと思っている。だが、やはり珮理のことは『特別』なのだ。
「ごめん」
もう一度、呟く。
そしてそのまま、禎理はぎゅっと目を閉じた。




