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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第三章 君を聴す風
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3-6

 ほぼ一日ぶりに再会した九七一くないの顔は、間違いなく怒りに歪んでいた。


「破っただろ、約束」


 会っていきなり、そう言われる。禎理ていりは黙って下を向いた。


 ずっと七生ななおと一緒だったから、「一人きり」にはなっていない。だが、「六角ろっかく郷に泊まるように」との言葉は、違えた。約束を違えるのは、悪いことだ。だから禎理は、下を向く他、無かった。


「『蛇神の森』に居たんだから、良いじゃない。あそこに入れる『天の輩』なんて、居るわけないわ」


 明るい女性の声が、禎理の耳に響く。九七一と同じ位の背の高さの女性が、禎理と九七一の間に割って入った。


「良いから、早く仕事しましょ」


 少し寝坊して天楚てんそに帰った禎理を待っていたのは、無言の額を怒りで歪ませた九七一と、普通の人間の格好をした魔界の医師(たい)。怒っている九七一にも、普段は朱色の髪に緑色の肌の、爬虫類に似た姿の魔物である体が、わざわざ地上界で目立たないような格好をしていることにも、禎理は恐縮していた。自分は、こんな風に心配されたり気を使ってもらったりされるのに値する人間なのだろうか?


 それはともかく。七生を一柳ひとつやなぎ町に帰してから、九七一と体を連れて人影疎らな天楚市内を歩く。「市内を見て回りたい」と言ったのは、体。病人を診るものと思っていた禎理は体の言葉に正直戸惑っていた。


「ちょっと、気になることがあってね」


 禎理の横を歩きながら、体が明るく話す。


 その体が、突然、ある路地の手前で立ち止まった。


「……やっぱり」


 体が見詰めた方向を、禎理も見る。だが、建物の影で暗くなった路地に見えるのは、放置されたゴミのみ。体には何が見えたのだろうか? 禎理は思わず首を傾げた。


「これ」


 狭そうに路地に入り込んだ体が、汚れた地面を指差す。よくよく目を凝らすと、血のような色をした丸い塊が、確かに、あった。


「やっぱりね。九七一から話を聞いて、予想はしていたけど」


 溜め息と共に不可解な言葉を吐く体。


「拾って、禎理。私には拾えないから」


 魔界の副王(けい)の娘である体の言葉に、もう一度首を傾げる。体は、神に近い血筋を持ち、それ故に持っている力もそれなりである筈なのに。しかし体に言われた通りに、禎理はその塊を拾った。


 拾った塊を掌に乗せ、まじまじと見詰める。明るい所で見るそれは、獣を解体した時に見る血塊か内蔵のように、禎理には見えた。掌に伝わってくる生温かさも、血塊か内臓のそれだ。


「これは」


 禎理の掌を覗き込んだ九七一が、驚きで息を呑む。


「『力有る石』よ」


 体の声に、禎理の身体は一瞬、凍った。それならば、体がこの物体に触れるのを嫌がった理由も、分かる。『力有る石』は、『担い手』以外の者の心を支配し、操ることでこの世界を破滅に導こうとする、存在。『吸血石騒動』時に現れた吸血鬼も、『吸血石』という『力有る石』に踊らされた普通の人間だった。そのような存在に、体のような莫大な『力』を持つ者が取り込まれてしまったら、目も当てられない。


 『力有る石』。この言葉を、もう一度、心の中で繰り返す。『力有る石』を滅ぼす為に、珮理はいりは命を失った。


「それが、疫病の原因」


 しかしながら、次の体の言葉に、はっと我に帰る。今は、感傷に浸っている時では無い。


「天楚の調子からすると、市全体にばら撒かれているわね」


「と、すると」


 掌の『石』を指し示し、体に問う。


「『石』を全て回収すれば、疫病は収まる?」


「ええ」


 禎理の問いに、体は力強く頷いた。


 それならば、『石』を集めれば良い。禎理は顔を上げると、目に入った路地に向かって歩き出した。


「ちょっと禎理! 闇雲に探しても見つからないぜ!」


 だが、九七一の言葉に、はたと立ち止まる。確かに、『吸血鬼騒動』の際、『吸血石』を風神と共に探したことがあるが、その時も、禎理は風神の指示に従って拾い上げる作業を行っただけだった。九七一の言う通りだ。九七一や体の『力』が無ければ、石を集めることはできない。落ち着かなければ。禎理は息を吐いてから九七一の方を振り返った。


 と、その時。見知った影が、九七一の後ろの路地を横切る。あの、影は。


〈珮理、さん?〉


 そう思った、次の瞬間、禎理の足は九七一を押し退けて走り出して、いた。


 見知った背中を、追う。禎理が追っているのを知ったかのように、人っ子一人居ない路地裏で影はふと立ち止まると、禎理の方を振り向いた。その姿は、確かに。


「禎理!」


 九七一の怒声に、我に帰る。その一瞬で、珮理らしき影は綺麗さっぱり消え失せてしまって、いた。


「勝手に走るな!」


 息を弾ませた九七一が、禎理の肩を掴む。おそらく『天の輩』のことを心配しているのであろう、九七一の声には力が籠っていた。


「でも」


「でももくそも無い!」


 弱く試みた反論は、九七一の声に掻き消される。九七一は、あの珮理に似た影を見ていないのだろう。見ていれば、このように禎理を怒ることはおそらく、無い。禎理と同じように、九七一にとっても『珮理』は特別な存在、なのだから。


 と。


「あら。ここにも」


 遅れてやって来た体の言葉にはっとして、体が指差す方向を見やる。先程まで珮理が立ち止まっていた場所に、禎理が握り締めているのと同じ『力有る石』が落ちているのが、確かに、見えた。

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