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明日の風に・中世心火編  作者: 風城国子智
第三章 君を聴す風
41/60

3-2

 久しぶりの天楚てんそ市は、南部諸国に向かう前と同じく煙と霧に包まれていた。


「何か、変な匂いがするな」


 不快そうに鼻を蠢かせる九七一くないの声を後ろに、天楚の門を潜る。門を潜った先も、薄い煙と薄い霧に覆われていた。


 家の中を燻す為の、木と香草の匂い。煎じている薬草の匂い。そして、朽ちた肉を燃やす匂い。全ての匂いが霧と共に天楚市全体を包んでいる。そして、見渡す限り、街路に人は見当たらない。冬至が近く、日は既に落ちかけている時間だが、普段の天楚市であれば冷たい雨や雪が降らない限りまだ人が多数行き来している時間だ。それなのに。寂寥が、禎理ていりの胸を突いた。


 その想いを振り切るかのように、歩を進める。天楚市がこんなに寂れてしまったのは、疫病が流行っているから。不意に高熱が出、十日余りの間苦しんだあげく息を引き取る。そのような恐ろしい病が、今の天楚市と川向こうの六角ろっかく郷を席巻していた。老人と子供、そして体力の無い人々がばたばたと病に倒れ、倒れていない人々も戦々恐々としている。逃げることができる人々は近隣の街へ逃げてしまい、今天楚に残っているのは、病で苦しむ人々とそれを看病する人々、そして様々な理由で逃げられない、あるいは逃げない人々だけ。


 しかしながら。それでも、ここは天楚市だ。疎らながらも、市の中央に位置する広場には小売商人が店を開いており、残った人々に食料や日用品を提供している。本当に稀ではあるが、近隣の村々からやって来て、路地から路地へ作物を売り歩く人々の姿を見かけることもある。そのことに、禎理は少しだけ、ほっとした。


 と。禎理の少し先を歩いていた、林檎を売る少年の小さな影が、不意に幾つかの大柄な影に阻まれる。逃げる金の無い大学生か、それとも、治安が緩んできた所為か最近増えてきているならず者か。それを判断するより先に、禎理は少年と大柄な影達の間に割って入り、少年を殴ろうとした拳を止めた。


「なっ!」


 小柄な禎理に拳を止められた男の顔が、真っ赤に膨れ上がる。次の瞬間、横から現れた鋭い切っ先を、禎理は身を躱すと同時にその得物を持った手首を掴んで止めた。勿論、林檎売りの少年は背中に庇ったままだ。


「この野郎!」


「女の癖に!」


 丸顔でよく女性に間違われるが、残念ながら女性ではない、と禎理が言う暇もなく、大柄な男達は次々と禎理に向かって拳や短刀やその辺りに落ちていた木切れの棒を繰り出す。対処が難しい別々の武器の攻撃を、それでも禎理は次々と躱し、そして隙を見つけては男達を一人ずつ、腹を容赦なく殴って気絶させた。と、その時。


「わっ!」


 背後の細い声に、はっとする。振り向くと、いつの間にか禎理の後ろに回っていた男の一人が、林檎売りの少年をその太い両腕で羽交い締めにしているのが、見えた。


「へへっ、後ろががら空きだぜ」


 男が持つナイフを首筋に押し当てられた少年の、恐怖に歪む顔を、禎理は為す術も無く見詰める他、無かった。その禎理の身体を、まだ気絶させていなかった別の男の腕が捕らえる。呆然としていた禎理は、それでも、男の腕に抗ったが、小柄な禎理では捕まった男の太い腕を振り解くのは困難だった。それに。下手に抵抗すると、少年の命が危ない。禎理は抗うのを止めた。このまま、死ぬのなら、……それでも良いのかもしれない。


 だが。


「こいつを殺されたくなかったら、大人しく……」


 そう言った、目の前の男の身体が、不意に地面に頽れる。同時に地面に落ちかけた少年を、九七一の力強い腕が掴んでいた。


「あ」


 九七一が一緒に居たことを、今更ながら思い出す。別の男に捕まっていた禎理自身の身体も、今は自由になっている。禎理の横で伸びている男を叩いたのも、九七一だ。


「あ、ありがとう」


 石畳の上に下ろした少年の頭をぎこちなく撫でた九七一に、頭を下げる。


「いや」


 禎理の言葉に、九七一は少しだけ首を横に振ると、禎理を追い越して歩き出した。その九七一の顔が、少しだけ怒りに歪んでいるのを見た禎理は、少年と少年が背負っていた籠の中の林檎の無事を確かめる間もなく、慌てて九七一の後を追った。


「禎理の武術の腕は、分かっている」


 追い付いた禎理に、九七一が呟く。そして九七一は不意に振り向くと、禎理の肩を強く掴んだ。


「でも、身を危険に晒すことは、止めて欲しい」


「え?」


 九七一の言動に、正直戸惑う。禎理の返事を聞いた九七一は、困ったような笑みを浮かべると、禎理の肩から静かに手を、放した。

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